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ライフステージの変化を乗り越えて フリーライターとして仕事を得るまで

今私は沖縄の離島で生活をしながらフリーランスのライターとして仕事をしている。今年に入ったころは、今の働き方は想像もしていなかった。

もともとクラウドソーシングサービスで少しずつ仕事を…と思っていたのが、今はありがたいことに業務委託契約を複数社と結び、子ども向けの書籍作りにも携われることになった。本当に信じられない!

2020年、どうやってフリーライターとして活動するようになったのか。これまでの働き方について振り返りながら書いてみる。


そもそもWEBで記事を書くって‥

WEB媒体でコラムなどを書いている人は、「整理収納アドバイザー」や「ベビーマッサージ」はたまた「医師」や「大学教授」など、「何か自分の事業や専門分野を持っている人」だと思っていた。

子育て中のママたちに絶大な人気を誇る「OURHOME」のEmiさんや、こんまりさんのようなイメージ。自分の事業を持っているから、WEB媒体でコラムを執筆したり、雑誌に掲載されているのだと思っていた。確固たる自分の商品やかんがえがあるから、コラムなど執筆していると思っていたので、自分が記事を書くなんて想像もしていなかった。

「OURHOME」のHP

また、ライターや編集者は出版社や編集プロダクションに入らないとなれないものだと思っていた。そのくらい初心者‥!


正社員時短ワーママ時代

夫とは同学年で、学生時代からの付き合いだった。

新卒で就職し、結婚して子どもが生まれる前まではお互いにキャリアを築いていたのが、いつの間にか「私は家事と子育て、仕事はセーブする」「夫は仕事」という役割分担ができていた。学生時代は「男性と対等に渡り合いたい」と漠然と考えていて、「結婚も子育ても仕事も全部楽しみたい」と思っていた。

子どもは可愛くて、子育ては思っていた以上に楽しかった。

しかし、基本的に「自分の興味のあること」にしか一所懸命になれない私は、子育てにまい進すればするほど、仕事と子育てを両立することが難しくなっていった。

仕事に夢中だったころを知っている人には「子どもはまだまだだと思っていた」と言われるくらい仕事に夢中だったはずが、仕事中は子どものことが気になるし、子どもといるときは仕事のことが頭によぎる。自分の不器用さにも気づいた。

子どもが4歳と2歳の頃、正社員で時短勤務をしていた。2歳差育児って相当難易度高いと思う‥!!

保育園の帰り道、門から駐輪場までの道で川を眺めて永遠に進まない。それでもなんとか家にたどり着いたら「ストライダー乗りたい」と家の前で18時過ぎまでストライダー。それから帰宅して夕飯を作り…食べない‥遊ぶ‥さらにお風呂‥これなんて無理ゲー。

夫は子どもたちが寝たあとに帰宅。夫と休みが合うのは月に2日ほど。家族ででかけることもままならない。

当時の職場のチーム内で、なんと私は初めての育休取得者だった。周りのスタッフは優しかったけれど、私をどう扱ってよいか困っていたようにも思う。私自身も、どう立ち回れば良いのか悩んでいた。

子どもが熱を出したとき、職場の人はとても優しく、私が休むことを快く受け止めてくれていた。しかし私が迷惑をかけることを気にしていたたまれなく、たまに病児保育を利用していた。

病児保育代でその日の収入がなくなる。食事を作れず外食代がかさむ。私より長時間働いていた夫と、うまく家事分担もできなかった。

「長い目で見たら今は辛抱。仕事は続けた方が良い」という声を多く見かけたし、そうなんだろうなとも思っていた。世の中には両立しているワーママさんがたくさんいるじゃないか!と自分に言い聞かせながらも、なかなかに限界だった。

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▲当時の息子たち。はちゃめちゃに可愛い。


残された母との時間

そんな矢先に、私の母が病気で長くないことがわかった。足元がぐらんとゆらぐ感覚を初めて抱いた。

病院に行ったときには「明日息を引き取ってもおかしくない」とまで言わる状態だった。「末期がん 家族」「末期がん 家族 仕事」などと検索しまくって、どうしたら良いのか考えた。

当時、実家は東京、私たち家族は関西で暮らしていた。もう仕事は全く手につかない。「どうやったら母を助けられるんだろう?」頭の中はそのことでいっぱいだった。

会社の計らいや夫のキャリアなどのタイミングが重なり、転勤が決まり実家の近くで暮らせることに。少し迷いながらも、子育てと実家のサポートに専念しようと私は退職した。

そこから様々な奇跡が起こり、母とは2年間過ごすことができた。一緒に旅行やお出かけをし、母の大好きなショッピングも楽しんだ。

そんな中私が3人目を妊娠した。母は喜んでくれて、産後は私のお世話をしてくれるほど動いていた。私は長女で弟が2人いる。母はよく「女の子が一人いると良い」と話していた。

私は内心「イマドキ男も女も関係ないでしょ」と反発心を持っていたけど、わが子は息子が2人だったから、3人目が女の子だとわかると「そうだと思った!」ととても嬉しそうだった。嬉しそうな母を見られたことは、素直によかったなと感じた。そして娘が生後半年になったころ、母とお別れをした。


社会復帰への自信が持てない

色々と落ち着き、そろそろ働きたいような気がしたけれど、子どもがいてまた会社員をする自信がまったくなかった。そもそも同じ場所に出勤することが私には不向きだし、人が好きだけど長時間接すると疲れるといった自分の特性にも気づいていた。

だからこそ夫がキャリアを重ねることへの嫉妬心もあったけれど、尊敬の気持ちも抱いていた。私にはできないことだと思っていたから。

3人目の子どもが入園したら働くことを考えよう、と専業主婦期間が続いていた。目の前を思い切り楽しもう!!という気持ちで過ごした。

専業主婦から再びキャリアを得た方の体験談を読みながら、自分がまた働けるのか?もうこのまま一生終わるのでは?何もスキルがない!と不安もあった。

どうしても「何か好きなこと、得意なこと、やりがいをもって生きたい」という思いがあったのだと思う。仕事ではなくて趣味でもいい。

ただ、自分の収入がない状態で気兼ねなく趣味を楽しむことができなかった。言いようのない不安に包まれていた。

その頃、子育てをする中で好きになったおもちゃや遊びのことを、Instagramにつづっていた。読んでくれる人が喜んでくれて、交流が生まれていたことは嬉しかった。それでも、何者でもないし収入が得られるわけではないということに不安感や罪悪感を持っていた。


離島暮らしとコロナ禍とライター

ライターの仕事を始めたのは本当に偶然だった。転勤族、子育て中、そして始まった離島での暮らし。

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3番目の娘が保育園に入り、急に時間ができた。

島には幼稚園がなく、保育園があった。子どもの人数が多くないため「休職中」という扱いで娘は保育園に入ることができた。私には当時友達もほとんどいない、親戚もいない。さあ、どうしよう。

急に朝から午後まで時間ができ、自分自身と向き合うようになった。心の動くこと、好きなものはなんだろう。気持ちの赴くままに行動してみた。

「島のどこかでお仕事してみようかな?」とも考えた。

けれど、子どもの体調不良などで職場に謝ることを想像すると気が重かったり、小学生の息子たちがめまいを訴えて学校に行かない日があったり、外に働きに出ることにポジティブになれずにいた。

「まだ末っ子ちゃん小さいしのんびりしたら良いよ~」と声をかけてもらうことも多く、そんな周りの空気に甘えてのんびり過ごしていた。


コロナ禍で在宅ワークの敷居が下がる

コロナ禍になり、世の中の多くの人が在宅で働き始めた。じゃあ私もやってみるか!と、はじめはクラウドソーシングで。

ライターの作業量と単価に驚き、これならアルバイトに行った方が…と思った。様々な方の体験談をリサーチしたところ、「ブログ」や「note」を実績にして、メディアに直接応募するのがよさそうということを知る。

運よく記名記事や実績として公開できる記事を書く機会を得て、それを元にメディアに直接応募をした。

続けていたInstagramのフォロワーさんが1500人になっていて、「ライターを始めた」いう投稿を見て声をかけてくださったメディアもあった。

在宅を飛び出して、取材に出かける機会までいただき驚いている。

今までは「どうして私はSNSを続けているんだろう、自己顕示欲…?」と思い、Instagramをやめようかなと思ったこともあった。活躍している人やとにかく楽しそうに見える人たちに嫉妬心を覚えることもあった。

それが、前職の経験(リゾート運営会社で広報をしていた)、子育て経験、離島暮らし、SNSの積み上げ、色々なものが今の働き方に繋がり、人並だけれど無駄なことはなかったんだなと驚いている。


フリーライターを始めて感じた良い点
・得た知識や経験が全て糧になる
・どこにいてもできる
・新しい世界や人を知ることができる
・子どもの急な体調不良などにも柔軟に対応しやすい
大変な点
・全て自分次第(プレッシャー)
・経理や事務的なことも自分でやる必要がある(これからやります)
・営業も自分

Twitterで多くのライターさんとの交流も生まれ、日々学びや気づきをいただいている。

特にライターを始めて右も左もわからなかった頃にライターの方に話を聞いてもらう機会があったのも大きかった。

花山さくらさん 
永瀬なみさん
中村洋太さん

ありがとうございました‥!!

これからも人に助けられつつも自分で考えて、失敗しながら前に進みたい。判断に迷うことや大変だなと思うときもあるけれど、楽しく働くことができている。

色々な方の体験談を見ていると、本当に道筋はそれぞれだ。「自分で考えて動くこと」がフリーランスには求められているのかなと感じている。


在宅勤務を始めて 子どもへの思わぬ影響も

私がGoogleドキュメントで原稿のやり取りをしていると、小学生の息子が興味深げにまじまじと眺め「へ~こんな風に作るんだね」と言った。

子どもへのキャリア教育の点からも、色々な働き方あるんだよ、ということを身をもって伝えられているのかなと嬉しく思う。

女性だから諦める、女性だから子育てに比重を…ということを言いたいのではなく、私は自分の興味のあることしかできない性分だったため今の状況にたどり着いたような気がする。

まだまだ走り出したばかり。2021年はどんな出会いが待っているだろうか。

「フリーランスライター」に縛られすぎずに、自分の興味と関心、そして家族との時間も大切にしながら、進んでいきたい。

Twitterでも呟いています‥!

#日経COMEMO #この5年で変化した働き方

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いただいたサポートは執筆に還元させていただきます!!!子どもの本やおもちゃ、八重山離島めぐりなど。私の経験を皆さまに文字や写真を通しておすそ分けできたら本望です。

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人口約300人の沖縄県竹富島で暮らしながら、企業サイトやメディアで執筆|インタビュー、導入事例なども得意|前職は星野リゾートで広報|東京学芸大卒|noteでは島の暮らしや教育、子育てを発信|積み木マニア|絵本、マンガ、アイドルが大好き|ぶんしょう舎で添削担当