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小学生日記「子供とは不便なのだ」

わたしが小学生時代に住んでいた場所は
都会でもなく、田舎でもなく、そこそこ便利な住みやすい土地だった。

小学生時代のわたしの遊び方といえば
下校してからは、友達の家に行く、近所にある団地内の公園に行く、がいつものパターンで
そこらじゅうがまるで庭で、自転車を乗り回していた記憶がある。

当時は習い事をする子もあまり多くなく
小学生はみんな同じような行動パターンだった。

〇〇公園集合ねー。
今日うち来てー。

仲の良い子の家にはよく遊びに行かせてもらっていた。


小学5年生のある日、えっちゃん(仮名)の家の近所で遊んでいた。
えっちゃんと、2人の友達と、わたしの4人。

えっちゃんちのすぐ近くには草むらがある。
そこで草花を見つけて引っこ抜いたり、花かんむりを作ったり、かくれんぼをしたり、
ケンカをすることもなくいつも通りの平和な時間。

「ねーねー。鬼ごっこしようよー。」

誰かが言った。

「いいね、やろっかー。」

広大ではないものの、そこそこの広さのある草むらの中を走り回る。
キャーっと逃げていたら

「うわあっ」

誰かが叫んだ。

みんなの動きがピタッと止まる。
駆け寄ると、えっちゃんが転んでしまったかぶつかったかで口を抑えていた。

「いたいー。いたいよー。」

泣きながら訴えるえっちゃん。
痛みと共に、口の中に違和感を感じたようだ。

「ない!歯がない!」

泣きながらいーっと歯を見せてくれたえっちゃんは
歯が一本なかった。

「大丈夫?え!歯折れちゃったの?!」


わたしたちは探すことにした。草むらの中を。

草むらの中から小さな歯を見つけるというのはそれはそれは大変なことだった。
草むらには目印になるものがないため、同じ場所を何度も見ている感覚に陥り、どこを探したのか分からなくなる。
それでも、手分けしてしばらく探したのだが見つからなかった。
えっちゃんは不安そうだった。

「どうしよう。。お母さんに怒られる。。」


「それって大人の歯だよね?
 大人の歯って折れたら“さしば”になるんでしょう?」
誰かが言った。

どこかから聞いた情報のようだが
その子が言うには

大人の歯はもう生えてこない。
生えないため“さしば”になる。
“さしば”というのは歯の代わりになるもので、ものすごく高いお金が必要らしい。

とのことだった。

「え、それはやばいんじゃ。。」

顔面蒼白になるわたしたち。

「“べんしょう”、しなきゃいけないよね」
「“べんしょう”かぁ、でもお母さんになんて言おう」
「自分たちでなんとかするしかないよ」
「そんなお金もってないよ」
「わたしも。。」

わたしたちは悩んだ。
さしば、はものすごく高いのだ。でも、
べんしょう、しなくてはいけない。

悩んだわたしたちは、えっちゃんの痛みが落ち着いてから近くの商店街へ移動した。
なぜかというと、


働き口を見つけるためだった。


小学5年生、お誕生日を迎えていても11歳。
11歳でも出来る仕事。

わりと大きめな商店街があるので、そこなら何かあるかもしれないという期待のもとの移動だった。
働くことの出来る年齢ではないということは知っていた。
でも、もしかしたら。少しくらいなら。


自転車を停めて徒歩でお店を観察する、小学生女子が4人。

「アルバイト募集って書いてあるー!」
「ここ知ってる。おいしいよね!」
「うわー、16歳からかぁー」

お惣菜屋さん、16歳以上から。


「あれは?募集!」
「わたし本好き!働きたいな」
「うーん、18歳からー」

本屋さん、18歳以上から。


パン屋さん、ハンバーガーショップ、薬局、整骨院、、、
40店ほどが並んでいる商店街。
お店で働いている自分を想像し、みんな少しテンションが上がっていた。どこで働きたいか選んでしまうほどに。

しかし、アルバイト募集の張り紙を探し続けるも
11歳の募集はない。
当然だ。

最初の勢いはどこへやら。
商店街の端に着いた頃には、こそこそと隠れながら探すようになっていた。


「なかなかないね。。」
「4人合わせたら大人一人分くらい働けるのにね」
「うん!働くのにね!」
「わたしも働く!」
「わたし、16歳に見えないかな」
「え!16歳?」
「うーん背は高いけど、やっぱり無理があるよぉ。」
「だよねぇ。」


なんとかしたくて来たものの
わたしたちの思い通りにはならなかった。
お金を稼ぐことはむずかしいのだった。
淡い期待は打ち砕かれ、わたしたちは“子供”だという現実を突きつけられた。
11歳は当然、“子供”なのだけれど。

“子供”って不便だと思った。


しょんぼりした空気のまま、
門限の18時になったのでそれぞれ家に帰ることになってしまった。
わたしたちの気持ちとは反対に、商店街は明るく活気に満ちていた。

「えっちゃん、ごめんね」

全員半泣きだった。


えっちゃんの、もう生えてこない大人の歯を傷つけてしまった、という罪悪感と
“べんしょう”の目処が立っていない不安感で
その日の夕食はあまり食べれなかったけれど
お母さんにそのことは言えなかった。

えっちゃんはどうしたかな。

えっちゃんは“さしば”になるのかな。



次の日学校でえっちゃんに会った。

「昨日の歯ね。。
 子供の歯だったの!」

「どういうこと?!」

「“さしば”にはならないってことー!」

「えーー!よかったぁーーーー!」

またまた半泣きになるわたしたち。
でも、昨日とは違う。
今回は安堵からくるものだった。


11歳はほとんどが大人の歯に生え変わる時期だが
まだ子供の歯が残っている子もたくさんいる。
どっちもあり得る時期だからこそ、生まれた勘違いだった。

本当によかった。
これでえっちゃんの差し歯の心配はなくなったのだ。また歯が生えてくる。

わたしたちが“子供”でよかったと思った。


こうして、あっさりと差し歯騒動の幕は閉じることとなり
平穏な日常に戻った。

+++


地元へ帰るとその商店街はまだ存在している。
並ぶお店はだいぶ変わり、チェーン店やコンビニが増えたけれど面影はある。

アルバイトを探していた小学生のわたしたちには
とても大人の世界に見えたけれど
今見ると、そこそこ便利な住みやすい土地の、ただの便利な商店街だ。

あの日わたしは早く大人になりたいと思った。
大人になった今は、思った通り大人って楽しいと感じている。

子供って、不便なこともあるよね。
でも今しか出来ないこともたくさんあるよね。

大人から見たら無謀なことも、
子供たちにとっては大切なことがある。
無謀なこともさせてあげたいと思った日曜日。


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