レビュー / 映画『くじらびと』予告編だけで心躍る映像美★4.5
私たちが生きる今この瞬間にも貨幣経済に依らない生活をしている人たちが実在しているんだってこと、自分が実践するかはおいといて、そういう生き方は実際に可能なんだってことを思い出させてくれる作品だった。
村人総出で、自分たちの手で、身の回りにある素材で、船を作り、魚を捕まえ、捌き、それを食べたり物々交換したりして、生きていく。船作りも、海での魚探しも、すべては経験と勘に基づいていて、極度に属人的で。漁の際には死の危険もあって。
そんな彼らのもとに、現代の技術を尽くした漁船を与えたら、一体どうなるだろう。漁獲量は上がり、命を落とす危険も減り、彼らの生活は豊かになるだろうか。一方で、船作りを生業にしていた村人たちは仕事を失い、経験を以て尊敬されていた長老たちはその地位を失い、伝統は廃れ、海に祈る儀式も行われなくなるかもしれない。果たしてどちらが、彼らにとっての幸せなのか。
本作の鑑賞後、そんな自問自答をしながら、なにが人間にとっての幸せ、豊かさなのか、正解はないけど、必死で頭を悩ませて、自分なりの答えを持っていたいなあと心から思った。
本作の場合では、これまでの生き方をずっと続けていくことが、彼らにとっての幸せなんじゃないかって、個人的には思ったな。退屈かもしれないけれど、満ち足りた精神的豊かさのある、定常型社会。でも所業は無常だから、そんなことも言ってられないのかな。自分たちが変化を望んでいなくても、社会に変化を強制されることだってきっとあるから。
広大な海に、巨大なくじらに、あんなに小さな手作り船で挑んでゆく彼らのたくましさったらない。人生観、死生観、自然観、どれをとっても都市で暮らす私たちとはまるで違うんだろう。
そして、鯨をその手で殺す彼らが、いちばん鯨をリスペクトし、愛しているという事実にも、胸を打たれた。彼らの銛に血を流す鯨の姿を見て「残酷だ」と思ってしまったら、それを私たちは外注して自分の手を汚さずにやってるだけで、動物の命をいただいて生きていることには変わりないのだと思い出したい。むしろ自分の手で動物を手にかけている人のほうがよっぽど、その命と向き合っているんだと。
映像が本当に美しいので、ぜひ予告編だけでも、観てみてください。