優花

自分に向き合うドキュメンタリー型ランウェイショー「バースデーランウェイ」を主催していま…

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自分に向き合うドキュメンタリー型ランウェイショー「バースデーランウェイ」を主催しています。今はプロジェクトを新しくするために準備中です。

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    日々あたまの中で考えていることを残しています。

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ずっと考えていた「愛」と「幸せ」のこと

幸せというと、今までのわたしは、自分がやりたいことを実現したり、それを通して誰かのためになれることだと思っていました。 最近その感覚が少しずつ変わり始めています。 今わたしが一番幸せだと感じることは、誰かの幸せを心から願えることです。 今までわたしは、「愛」についてたくさん考えてきました。 好きな人ができたり、一緒に居たいと思う人に出会えても、どうしても最後にはこの「愛」というものが何か分からず、相手を受け入れることへの恐怖を拭えずに終わってしまいます。それならば一人

    • たまに寂しいよ

      「こんなことやってみたいな。」って思うこと、大人になればなるほど素直に言葉にできなかったり行動できなくなっていくのはどうしてだろう。 自分で作り上げたイメージに執着して、他者からの評価を意識しながら「今までのわたしらしくないかな」と決めつけて踏み出すことを躊躇する。 なんとなく、誰かに引かれることがまだ怖かったりして。 物事の意味や目的、本質を意識しすぎるあまり、明確な大義名分がないと動けだせなくなる自分をバカみたいに思えてくるときがある。 正しさを選ぶことが正解なの

      • 何かを求めて挑戦的に生きた20代

        30歳になった朝。 前日にセットした4:30の目覚ましを10分だけスヌーズして起床した。 わたしはいつもランニングしている河川敷にやってきた。 5時台はまだ暗くて、足元もほとんど見えないから不安。 30歳を迎える今日は、わたしにとって節目のような気がして少し特別だった。なんとなく前日に思いついた20kmランニングを早朝5:00からチャレンジをすることにした。 寒さに耐えながらゆっくり走り出し、20代の人生を振り返る。 思い返せばいつもわたしの心の奥はメラメラと燃えてい

        • たとえ正しくなくても、応援されなくても

          どれだけ自分の心を満たすことができても やっぱり誰かに必要とされることや 認めてもらえることは嬉しいことだと思う。 人間だから、そういうものなのかなって 思った方が気が楽だったりする。 誰かの評価に依存せず、 自分の未来を選択できるようになった今は すごく生きやすいけど たまに、胸がキュッと小さくなるように 苦しくなる時がある。 それは、今までとは少し違う 新しい道を選択しようとする時 今まで応援してくれたいろんな人の顔が 頭に浮かんで その人たちはどう思うだろうかと

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          落ち込み期から復活しようとしている今

          朝、いつもなら目が覚めてすぐに顔を洗いに行くのに。 昨日の疲れをリセットして「さぁ頑張るぞ」って気合いが入るはずなのに。 ここ4日間くらい、わたしは様子がおかしかった。 朝はなかなか起きることができず、体が動かない。ずっと気分が乗らなくて何をしても集中することができなかった。 特に理由があるわけでもなかったから、月1やってくるホルモンバランスの乱れかな、くらいにしか思ってなかったけど、なんだかそれも納得がいかないくらいいつもよりもだるさが続いて。 . わたしはつい最近

          落ち込み期から復活しようとしている今

          太陽のように、誰にでもやさしい自分でありたかったけど

          みんなに希望を与えるやさしい人は、本当に輝いて見える。 わたしは何度もそうなりたいと思った。 でもやっぱりそう簡単にはいかないもので、わたしはいつも自分のことで精一杯だ。 誰かのために何かをできるタイプではないし、何よりひとりでいることが好き。自分以外の誰かがどんな選択をしようと何か意見をすることはない。ただその人が決めたことなら、受け止めて応援するくらい。自分が誰かの人生に関して意見することは求められた時くらいで、それ以外はなにも言わない。人の人生だから自分で決めた答

          太陽のように、誰にでもやさしい自分でありたかったけど

          憧れの誰かにはなれない

          あの人は可愛くて綺麗。 自分のここが嫌い。ここを変えたい。 もっと自分がこんなだったら。 誰かと自分を比べることは、自分の可能性をどんどん小さくする。だけどやっぱり自分にないものを持つ人は輝いて見えて、自分にないものは欠点に見えてしまうもの。 そんな風に考えている時って、少し心が苦しい。他の人のことばかり気にして、自分と比べて、ダメな部分を変えようと誰かの真似をしてみたり。自分じゃない何かになろうとするけど、自分以外の誰かにはなれなくて。 人と比べようと思えば、いくらで

          憧れの誰かにはなれない

          人生は「自分を知る旅」のように思えて

          なんのために生きるのかって、考えたこともないし答えを出そうとしたこともない。 ただやりたいことを精一杯、まっすぐにやりきっていれば満足だと思っていた。 ここ最近、改めて自分に深く向き合うきっかけが何度かあった。 身の回りに起こる出来事やそれによって動いた感情は、今の自分がどんな状態で、どの場所にいるのかを教えてくれる。 人はどんどん変化していくから、自分を知ることにゴールはないんだと改めて思う。 わたしにとって豊かになるということは、深く自分を知っていくことなのかもし

          人生は「自分を知る旅」のように思えて

          落ち込んで何も無くなったら、また這い上がるから

          久しぶりにすごく落ち込んだ。 わたしの捉え方だけど、自分の人間性を否定されたように感じた出来事だった。 表面的な部分だけを見て、「あなたはこうだ」「行動が全てを表しているよ」と信頼関係の構築ができていない相手に言われるのはとても苦しかった。 そういえば、こんな風に落ち込むことって最近なかったな。 わたしは落ち込むと仕事が手につかなくて何もできなくなる性分。 人生の終わりかというくらい絶望的な感じになり、メンタルが弱かったことを思い出した。 お腹が全然減らないし、ご飯を

          落ち込んで何も無くなったら、また這い上がるから

          12月17日、 「新しいわたしが生まれる日」

          明日は、主催しているイベント「バースデーランウェイ」の開催日。やっとこの日が来た。 緊張したり、当日のことを考えたりする間もないくらい準備に追われていたわたし、本当にいつものことだなって笑ってしまう。 バースデーランウェイという名前には、「新しい自分が生まれる日」という意味を込めた。この企画を思いついたと同時に決めた言葉で、なんだかすごくしっくりきたのを覚えてる。 この「バースデーランウェイ」という名前を、わたしはとても気に入った。 思い返してみれば、3年前に立ち上げて

          12月17日、 「新しいわたしが生まれる日」

          誰かに嫌われている自分を責めた

          ふと昔のことを思い出した。 周りの目がこわくなる瞬間がたまにあって。 小学生のころから、わたしは嫌がらせの的になることが多かった。何もしていないはずなのに、影で睨まれ、真実ではない噂が勝手に流れて大きくなっていく。その時、わたしは自分を責めて苦しかった。 自分の何がいけなかったんだろう。 どうやったら受け入れてもらえたんだろうって。 大人になってから少しずつその苦しみから解放されて忘れかけていたけど、大人になっても、同じようなことはたまに起こる。だから、影でうわさ話をし

          誰かに嫌われている自分を責めた

          悔しかった日々から、やっと抜け出すことができて

          「やりたいことは?」 「どうなりたいの?」 「あなたはどう思う?」 もう、わたしに意見を求めないでほしい。 「いいと思います」 「○○さんみたいになりたいです。」 そんな薄っぺらい言葉しか発言することができないんだから。 受け売りの言葉しか出てこない、必死に思い出して絞り出すように誰かが言ってた言葉を話すことで精一杯。ひとつもわたしの思いが乗っていない言葉に、自信をもつことができなかった。 自分が選んだ趣味も、仕事も、人間関係も。 誰かに疑問を持たれたり、少しでも否定

          悔しかった日々から、やっと抜け出すことができて

          苦しいのは、自分が思った以上にできない人間だから

          夜になると鼓動が速くなる。 突然不安がやってきて、また眠れなくなる。 何が不安かは、自分でもあまり分からないけど、きっと仕事とか未来に対する焦りだと思う。 11年前に高校を卒業してからは、全力で仕事に打ち込んで、勉強して、とにかく真っ直ぐに進んだ。優先順位の一番は、どんな時も仕事や自分の成長で、そのためにいろんなことを手放した。そしてそんな生き方にも誇りを持っていた。 それは変わらず今も同じかもしれないけど、ふとした時に苦しくなる時がある。 「このままずっと何かに追われ

          苦しいのは、自分が思った以上にできない人間だから

          愛することは技術、そして学べること

          このnoteを読んでくださっている皆さんは、愛について考えたことはありますか。 わたしは今までまったく考えていなかったのですが、最近は、この愛について理解することが、わたしの人生にとって大切な気がして、今はふとした時によく考えています。 それは、「愛されること」ではなく、「愛すること」についてです。 以前も愛と幸せについてnoteをかきました。 ここにもありますが、わたしは恋愛対象となる特定の誰かと長く一緒に居続けることができませんでした。 とある本を読んで、その理

          愛することは技術、そして学べること

          理解し合えないことは当たり前のこと

          なにごとも、分かってもらえるという気持ちが前提にあると、いざ分かってもらえなかった時にがっかりしてしまうものです。 人のことは分からない。誰かの人生に入り込むことはできないし、その人の環境やこれまでの背景すべてを知ることもできないので、分からないことが当たり前だと思います。 歩んできた道が違うので、理解し合えないことが普通なんです。 この考え方を早めに受け入れておくと、後々傷つきません。 それは、相手に期待しないという意味ではなく、分かってもらえるということに期待しない

          理解し合えないことは当たり前のこと

          情報を集めるばかりで、大切なことが見えなくなる

          スマホひとつあれば、大抵のことは調べることができて、すぐに情報を収集できるようになりました。「調べて分かるようなことは聞くな」と言われる日が来るなんて、驚いてしまいます。 今はそれが当たり前で、生活はとても便利です。その反面、物事に対する「意味」を考えることがなくなったようにも感じます。 結婚式やお葬式、ビジネスでのシーンで事前にマナーを調べることがあると思います。服の色とか、靴の種類、座る位置など、私も調べた経験があります。その時、ただ答えを知るために検索し、問題を解決

          情報を集めるばかりで、大切なことが見えなくなる