【読書感想文】恩田陸『Q&A』
こんにちは、ゆのまると申します。
2022年最初に読み終わったのは、恩田陸さんの『Q&A』でした。恩田陸さんの本は、『ドミノ』『六番目の小夜子』に続き三冊目です。
ということで、ざっくりネタバレ感想。未読の方はご注意くださいね。
あらすじ
舞台が日本とは思えないほど、設定はかなり派手ですね。この未曾有の大惨事に対して、どこかに所属するインタビュアーが被害者に当時の状況を聞く、という形で物語は進んでいきます。
感想
本書には地の文が一切なく、すべて対話形式で綴られています。そしてインタビューに登場する回答者達は、職業も年齢も様々。事件直後に取材を始めた新聞記者、Mにたまたま居合わせた主婦、スポーツクラブの帰りに友達とMに来ていた小学生、救助活動に加わった消防隊員、近くのアパートで仕事をしていた脚本家などなど。聞き手が回答者側となることもあります。
Mは特殊な施設ではなく、おそらく越谷レイクタウンやイオンといった休日に家族連れで訪れるような、誰がそこにいてもおかしくはない場所です。たまたま、その日その時そこにいた。ただそれだけで、多くの人が事故に巻き込まれてしまいました。
死因のほとんどは、圧死。施設内で「何か」が起き、それにパニックを起こした人々が一斉に逃げ出そうとしたことで多くの犠牲が出たといわれていますが、「火事だ」「有毒ガスが撒かれた」といった証言もあり原因は不明です。
最初は、フリーのジャーナリストなりルポライターなりがインタビューをして事件の全容を明かしていくのかと思っていましたが、そうではありません。読み進めるうちにおそらくこうなのかな、と予想はできますが、最終的に真実が週刊誌にすっぱ抜かれるわけでも、政府からの公式発表があるわけでもありません。
語られるのは、あくまで「自分の目」を通して見たそれぞれの事実のみ。なので、明確な謎解きを期待して読んでしまうと消化不良感が強いかもしれません。ミステリーというよりは、パニックものやサイコホラーに近いと感じました。
パニックといえば、私も思い出すことがあります。
まだ小さかった頃、母に連れられて近くのジャスコに行った時のことです(まだイオンではなく、ジャスコだった頃です)。
下りのエスカレーターに乗っていると、突然警報が鳴ってエスカレーターが停止してしまいました。周りのフロアの明かりはついていましたから、きっとエスカレーターの故障だったのだと思います。
これまで何度も乗ってきたエスカレーターが、急に止まった。その出来事にまだ小さかった私はパニックを起こし、慌ててエスカレーターを降りようとしました。ちょうど、下のフロアまではあと数段というところ。一刻も早く、この場から離れなければと思ったのです。
しかし、一緒にいた母は冷静でした。これまでに経験したことがないほど強い力で私の手をつかみ、「じっとしていなさい」と一歩もそこを動かなかったのです。
そしてその数分後、エスカレーターは何事もなかったかのように動き出しました。
その場に留まった方がいいのか、歩いて移動した方がいいのか、それはその時の状況によると思います。けれど、焦った私のような人がむやみに動いて、つまづいたり、誰かにぶつかったりしたら? エスカレーターが故障したくらいでは済まない、もっと大きな事故が起きていたかもしれません。
今すぐなんとかしなくちゃと焦った気持ち、そしてあの時の母の強い力は、今でもよく覚えています。
本書には、「死の臭い」「蝉を食べる人が出てくる夢」「白い墓標」など、特徴的な表現が多く出てきます。その中で、私が特に印象に残ったのは「空っぽの目で、空っぽの顔」でした。
それは、M店内の防犯カメラを見た人のインタビュー中に出てきます。大混乱で逃げ惑う人々。それを機械的に録画し続けた防犯カメラには、天井付近の何かを見上げる一部の人が写っていました。
案内表示も非常灯もないはずの、虚空の天井。しかし、何故かその付近に目線をやる人々の顔は、恐怖も絶望もない、無表情だったそうです。血相を変えて動物のように逃げているのに、戸惑いも怯えもなく、ただぽっかりと無感情の顔が浮かんでいる。そしてその顔を、防犯カメラが捉え続けている。
私達は普段から、自分で考えながら行動していると思っていますよね。朝起きて、食事をし、支度をして通学や通勤をする。仕事嫌だなとか、今夜の献立はどうしようかなとか考えながら。
でもそこに、実際にはどのくらいの「自分の意思」があるのでしょうか。
朝は起きないといけない。出社しないといけない。道の左側を歩いて、列に並んで、メールが来たら返して、外出時にはマスクをして……。自分の感情よりももっと大きな、社会の規範だったりルールだったり、個々人の理屈ではどうにもならない膨大な流れの中で行動させられているはずです。
そんな社会という大きなプログラムの中で動いている私達に、もしも一斉に「逃げろ」「ここから離れろ」という命令が出されたら。
防犯カメラの中の人々の視線の先には、きっと何もなかったんだと思います。でも、その中の一人がふっと上を見て、その後続の人達もそれにつられて。自分を助ける何かを探していたのではなく、「前の人が見たから」「他の人も逃げているから」。だからそこには、生き残るための必死の形相ではなく、何もなかったのだと思いました。
思考停止した群衆。このシーンでそれを描いていたとしたら……なんとも恐ろしい光景ですよね。
おわりに
この本を読み終わった時、真っ先に浮かんできたのは「読みやすくて面白かったな」という感想だけでした。けれど、こうして感想を残すにあたってあれこれ考えを巡らせてみると、ぞわぞわと薄気味悪い思いがせりあがってきます。
目に見えないルールで成り立つ社会というものがいかに危うい存在なのか、そして普段はお行儀よくしている私達でも、皮一枚剥がれてしまえばどれだけ醜い生き物なのか。余談ですが、この本を読んでいたせいで、お正月に行くはずだった大型商業施設はキャンセルしていまいました。だって押し潰されたくないし……。
本書では、「あそこで倒れていたのは、自分の妻であり子供だったのかもしれない」といった言い回しがたくさん出てきます。事件や事故はけして他人事ではなく、小さな歯車が嚙み合えば被害に遭うのは自分だったのかもしれない。平和で穏やかに見える日常が、ほんの少しうすら寒く感じてしまう。そんな面白い一冊でした。
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