見出し画像

【読書感想文】宮部みゆき『あやし』

2003年に刊行された本書。この本の存在は、ほとんどリアルタイムで知っていました。

小学校高学年にさしかかっていた当時の私は、そろそろ「青い鳥文庫」を卒業して普通の文庫本も読んでみたいと背伸びをしたがっていた時期でした。書店に置かれた「カドブン」的な冊子に載っていたのが、宮部みゆきさんの『あやし』だったのです。

私なその頃、宮部さんの『ブレイブ・ストーリー』に夢中になっていて、『今夜は眠れない』『ステップファザー・ステップ』などにも挑戦していました。そして小学生の頃といえば、学級文庫にあった「学校の怪談」シリーズもおっかなびっくり読んでいた時期。『あやし』も怖いもの見たさで手に取ろうとしたものの、結局当時から今に至るまで、実際に読んでみることはありませんでした。

本書のあらすじはこんなかんじ。

十四歳の銀次が丁稚奉公する木綿問屋「大黒屋」で、若旦那の藤一郎に縁談が舞い込んだ。ところが、祝言を目前にして、女中のおはるのお腹に藤一郎の子どもがいることが発覚。おはるは店を出されることになる。ほどなくして、銀次は藤一郎の遣いでおはるの家を訪れるが、そこで目にしたのは、目を覆いたくなるような恐ろしい光景だった……。「居眠り心中」ほか、背筋も凍る、著者渾身の江戸ふしぎ噺全9編を収録!

「目を覆いたくなる」「背筋も凍る」といったフレーズにびびりまくり、とうとう手が出ないままだったこの一冊。しかし私もいい加減大人ですし、きっと大丈夫だろう!と読んでみました。

結論。怖くなかったし、どちらかといえば「日本昔ばなし」のような読後感でした。


本書には、「居眠り心中」「影牢」「布団部屋」「梅の雨降る」「安達家の鬼」「女の首」「時雨鬼」「灰神楽」「蜆塚」の9編が収められていて、いずれも30ページほどですらすら読み進めることができました。奉公人を主人公としたものが多く、出てくる人物やお店はばらばらですが、前のお話にちらっと出て来た酒屋が次のお話の舞台になるなど、ゆるくつながっている部分もあり、そうした点でも読みやすい一冊でした。

たしかに鬼や怪異など、説明のつかない現象は起きるのですが、それよりも各エピソードの登場人物に魅力があり、またしっかり読ませる語り口調で、そこはさすがの宮部さんといった印象です。

個人的に、読んだことのある作家さんの中でいちばん「上手い」と感じるのは宮部さんなんですよね。文章自体はどちらかというと長く、つらつらと続いていく印象なのに、ひっかかるところがない。語り手が老若男女のいずれであっても、つい引き込まれてしまう。宮部さんの文章には、そんな魅力を感じています。


ところで、そろそろと時代小説に手を出し始めた私ですが、未だに不思議に思うことがあります。

これを言ってしまうと身も蓋もありませんが、「なぜあえて江戸時代の話を書くのだろう?」という疑問です。
※なお、今回は江戸時代の街もの、に限定してお話させていただきますね。

舞台は今から400年ほど前。社会を覆っていた支配構造も、あらゆる固有名詞や言葉遣いも、今とは大きく異なります。そこで物語を展開しようと思えば、まずその時代や風俗について学ばなければならないし、その執筆には私が考える以上に知識と想像力が必要とされるのでしょう。

なので私は、なんとなく「この時代でしか書けないことがあるのだろう」と考えていました。生まれた時から定められた人生を、一生懸命に生きる人々。現代では失われてしまったいわゆる「人情」を描くのにぴったりな土壌が、江戸時代なのだろうなと。つまり時代小説は、今とは遠く離れた異世界の物語だと捉えていたのです。

しかし、この本に収められた「安達家の鬼」を読んでいると、そんな思い込みを覆す一節に出会いました。

「安達家の鬼」は、子守奉公と病人の世話に明け暮れて過ごしたまだ若い女性である主人公が、義母から女中奉公をしていた頃の不思議な話を語られるという内容です。

タイトルにもある「鬼」の正体とは。それに触れつつ昔話をする義母が、こんなことを語ります。

「良いことと悪いことは、いつも背中合わせだからね。幸せと不幸は、表と裏だからね」
 辛いことばかりでは、逆に”鬼”も見えないのかもしれない――だからやっぱり、おまえはこれからなのだよ。

この一節を読んで、私は「あぁ、どれだけ時間が経とうと、人の本性はそれほど変わらないのかもしれない」と感じました。

最近とみに思うのですが、良いことばかりの人生などありえないし、うまくいかないなと落ち込む半面で、周囲の人やタイミングに恵まれるということもあります。かといって信心深くしていれば悪いことから守られるというわけでもなく、善人に限って不運続きということもあるでしょう。

ちっぽけな存在である自分は、一時の不幸を嘆いてばかりではなくて、どんな時も誠実に、ただ前向きに生きるしかないんだ……と、そんなふうに考えることが多くなりました。

遠い世界の話だと感じていた時代小説。でもそこで作者さんが語ろうとしているのは、意外と今も通じる普遍的なことなのかもしれませんね。

それから私のもう一つのお気に入りは、姉妹の愛情を描いた「布団部屋」

こちらは割とゾクゾク度が高いのですが、大いに納得のいく結末でもあり、とてもバランスの良い作品だと感じました。


本の裏表紙に書かれたあらすじでびびり、およそ20年間敬遠していた『あやし』。

しかしそこに描かれていたのは、身の毛もよだつ怖い話ではなく、しんみりと降り積もる切なさでした。また、どうやら舞台の多くが今私が住んでいるあたりと近く、そういった意味でも好奇心をそそられる一冊でしたね。

私と同じく怖い話が苦手で勇気が出ない……という方も、こちらなら大丈夫だと思います。私としては昔話に出てくる山姥の方がよっぽど怖いです。笑

そして、宮部さんはやはり上手い。そんな認識が一段と強くなったのでした。おしまい。

この記事が参加している募集

読書感想文

いつもご覧くださり、ありがとうございます。 そしてはじめましての方。ようこそいらっしゃいました! いただいたサポートは、夕食のおかずをちょっぴり豪華にするのに使いたいと思います。 よかったら、またお立ち寄りくださいね。