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「羊頭狗肉」

去年の晩秋に、とあるセレクトショップでコートを買った。
以前に購入した服も、丁寧な店員さんに薦められて、長持ちしているので気にいっていた。
結構な有名店で、今回も信用しきって利用したのだけれど、どうにも具合が悪い。
内ボタン、外ボタンに関わらず、閉めるとボタンがすぐに取れてしまうのだ。
一箇所だけならまだしも、よく見ると全てのボタンが、今にも外れてしまいそうに緩い。
こういうのも羊頭狗肉というのか?
とにかく看板に偽りあり、だ。
それくらい、そのショップの経営方針というか、質が落ちてしまったみたいなのだ。
同時に、自分自身の、物を見る目のなさにも、憤りを感じている。

物を見る目といえば、ここ最近、お蕎麦屋さんに行くと、必ず注文するメニューがある。
それは“鴨なんば”である。
以前なら、冬場でもザル蕎麦を2,3枚やっつけて、しゅっと帰るというのが僕なりの“粋”だった。
今なら、メニューも見ないで、着席するまでに一言、
「鴨なん…。」
これが“粋”なんである。
“鴨なんば”の“ば”は間違っても言ってはいけない。
(念のために断っておくけれど、もちろん本気ではない。)

で、“鴨なんば”である。
これを注文すると、気合の入ったお蕎麦屋さんになればなるほど、熱い視線を感じる。
お蕎麦屋さんの、僕を見る目が変わるのだ。
(お、この若造やる気だな)
という、蕎麦屋のオヤジの心の声が聞こえて来る。
これは関西以外でも、普通にある食べ物なんだろうか?
きっと京都が近いお陰なんだと思うけれども、関西のお蕎麦屋さんでは“いい鴨”に出会える。
万が一、冷凍物だったなら、美味しく頂いているつもりの僕はもっと“いいカモ”なんである。
とにかく、蕎麦屋のオヤジが、挑戦状を叩きつけられたような表情になるのは間違いない。

アメリカ産の牛肉が、早くも、再度輸入禁止になった。
「やっぱりチェックしてへんやんか~!」
と電車内で、オーストラリア産の牛肉みたいなおばちゃんが嘆いてたっけ。
やはり、アメリカ人のポジティヴさって、とことんポジティヴ過ぎて危機感すら覚える。
なので、こんな僕でも、外食する時には、怪しい牛肉は出来れば敬遠したい。
肉ならば、牛や豚というよりも、機会がある限り、ジンギスカンを食べたい。
勿論、ジンギスカンというのは羊の肉である。
食べ慣れない人には、こっちの方が、よっぽど怪しい肉なんだろうけれども。

ジンギスカン専門店じゃなくても構わない。
中華料理屋さんの、ジンギスカン定食で、ご満悦なんである。
西洋ではごく普通の食材だし、味も匂いも、なんら抵抗がない。
「チンギスハン定食っ!」
と注文するのが“粋”なんである。
“フビライハン定食”などとは、間違っても言ってはいけない。
(念のために断っておくけれど、もちろん本気ではない。)

変わったところでは、去年、初めてダチョウの肉を食べた。
予想に反して、臭みもまったくなく、癖もない。
少し残念なのだけれど、普通にただのお肉だったのである。
鴨や羊ほどの自己主張など全くなく、牛や豚や鶏みたいに優等生でもない。
つまり、牛や豚や鶏にしても、日本人に馴染みがあるだけで、十分な癖があるという事だ。
癖と匂いがないと、肉はあまり美味しくないみたいだ。

このことを、某ラジオ局の女の子に話すと、
「えぇ!羊はともかく、ダチョウは食べたらアカンでしょう!!」
と、言われた。
「何故?」
と、理由を尋ねると、
「だって、こんなん(体でダチョウを表現して)ですよ!アカンでしょう!?」
そう言われると、あんな“おじいちゃん”みたいな動物を、食べてはいけないような気がした。
それほど、一生懸命に、その女の子は力説してくれた。
僕が、四足の物なら、机以外は何でも食べてしまう、中国人のような気質だとも知らないで…。

割と最近、どこかの業者が、犬の骨を大量に不法投棄して、起訴されたニュースがあった。
とある食肉業者で、犬の肉を中華料理屋に卸していたそうである。
この場合、犬の骨を然るべき場所に、処分しなかった事が、罪なのである。
僕は一瞬、ちょっとドキッとした。
やはり、ただの噂じゃなくって、犬の肉って流通してたのか?
この様子じゃ、ヌートリアだって、かなりの確率で流通してることに…。

“羊頭狗肉”ということわざの“狗”というのは、犬のことである。
羊の頭を店先に飾っておいて、実際に売っているのは犬の肉。
そんな実話が転じて出来たことわざだから、信憑性がある。
僕が美味しく食べていたのは、犬の肉だったのか?
でもよく考えると、美味しいのなら、別に嫌じゃないけれど。
羊肉と偽っているならば、これは問題ありだ。
だから冒頭のセレクトショップは、有名無実な気がする。
ボタンがそう簡単には外れない、良い商品をセレクトしておいて貰いたい。
そういえば、ボタンといえばイノシシの肉である。
あ~、ボタン鍋食べたくなってきたな。
どうにも懲りない中国人気質なのであった。

#なごみの手帖   [ 2006年1月28日HP更新 ]

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