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いつだって、世界を広げてくれるのは誰かだった。

今でこそ1人でラーメン屋に入ったり、ライブに行ったりと「ひとり〇〇」ができるようになったけど、昔は全然だった。

何事も慎重に、石橋は叩いて渡るというよりも、叩きすぎて壊すタイプの人間。だから、新しいことにも、自分から進んで挑戦しようとも思わなかった。慣れ親しんだところで、ぬくぬくしていることに満足していた。

そんなわたしに、いつも新しい世界を見せてくれたのは自分以外の誰かだった。


短大の頃、進路指導でお世話になった人がいた。眼鏡と髭が似合う、いかにも紳士なおじさん。わたしと友人がとてもお世話になった人。

2人とも無事に進路が決まり、報告をしに行った。自分のことのように喜んでくれて、目尻がクシャりとなった笑顔が素敵だったのが、今でも印象に残っている。

お祝いだと言って、ご飯に連れて行ってもらったのも覚えている。(多分ダメなんだろうけど、もう10年も前のことらだから時効ということで…)

わたしたちよりも、何十年も先に社会に出て働いている先輩の話は、聞いていておもしろかった。

そんな先輩が最後に連れてきてくれたのが、純喫茶だった。そこに純喫茶があるのは知っていた。でも、友達と行くのはカフェばかりで、表を通っても素通りしていた場所だった。

カランと鐘が鳴る少し古ぼけた扉を開ければ、微かにする煙草の匂いと、耳に入ってくるジャズ。薄暗いこじんまりとした店内には、狭いテーブルに新聞を窮屈そうに広げているおじさんと、少し声のボリュームを落とした方がいいと思ったおばさんが2人。(だったはず…)

わたしたちが通されたのは奥の4人がけのテーブル。友人と隣同士で座ったけど肩がくっつきそうだった。「ケーキも食べていいよ」とプラスチック製のメニュースタンドを渡されて、友人と肩をくっつけながらケーキを選んだ。

たしか縦に5種類くらいあったと思う。運ばれてきたものは、長方形にカットされたベリームースとココアスポンジの二層のケーキ。ルージュという名前だったはず。

ケーキもコーヒーも美味しかった。色々と話も聞けて友人と2人で大満足。何より、純喫茶という新しい世界を知れたことにワクワクしていた。

たぶん、連れてきてもらわなかったら、ずっと店の前を素通りするだけで終わっていた。入る機会なんてなかったかもしれない。人生の先輩は、社会での体験談と純喫茶をわたしに教えてくれた。

あれきり、そこの純喫茶には行っていないけれど。ほかに、お気に入りの純喫茶を見つけた。

あの時みたいにルージュじゃなくて、今はシフォンケーキを頼むけど、薄暗い照明のなか聴いたジャズも、初めての純喫茶にワクワクした気持ちも今でもしっかり覚えている。

最後まで読んでいただきありがとうございました。