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月明かりの下、学校のプールで彼と泳いだ

 陽菜は英語教師が黒板に書いた構文をタブレットで確かめながら、教室の一番前の席に座る、坊主頭の杉山の後頭部をじっと見た。陽菜は杉山の後頭部を眺めながら、きれいな頭の形だなと思った。そのせいなのかは知らないけれど、杉山は坊主頭になんの違和感もなくて、むしろ髪の毛を生やしたら不自然に見えるかもしれないと陽菜は思った。

 陽菜と全く接点がなかった杉山が、日陰だけど暑くてたまらない校舎の裏で陽菜に告白したのは三日前のことだった。陽菜は戸惑い、なぜ杉山は自分に告白するのか不思議で仕方なかったし、もしかしたら杉山たちが何かを賭けて負けたら陽菜に告白するなんていう罰ゲームの対象にされているんじゃないかとも思った。

 でも何故かその場で断る気にはならなかった。そして杉山には、はいともいいえとも返事をせずに、言葉を濁した。もう少し考えさせて欲しいとだけ言って、それから陽菜は杉山とは一言も話していない。

 杉山はパンクロックが好きで、それで坊主頭にしているらしいと友人が言っていた。制服の下には陽菜の知らないバンドのTシャツを着て、派手なシルバーのネックレスをしていることもあったから、そのネックレスを教師に見つかるたびにどこかに走って逃げる姿を見ることがあった。でも不良かというと不良ではない。それ以外は特に問題を起こしたこともない。陽菜にとっては掴みどころのない、変わった男子だった。



 それから二週間が経ったが、陽菜は杉山に返事をしていない。でも杉山が陽菜に返事を催促することもなかった。ただ、目が合うたびに杉山は陽菜に満面の笑顔を見せた。惹き込まれるような魅力的な笑顔だったから、陽菜はその度にどきまきした。

 陽菜は緊張してしまい、その度にこわばった顔で杉山をみた。そのうち、わたしが杉山のことを嫌っているように思われるかもしれないと思うようになって、そのせいで杉山から嫌われるのは嫌だなと思うようになった。だいたい陽菜は杉山に返事すらしていないのに、諦められても、嫌われても不思議じゃない。でも陽菜は自分の気持ちがまだ分からなかった。

 そんな具合に陽菜は煮え切らない態度のまま、毎日が過ぎていった。ただ、杉山が陽菜に笑顔を見せることは少なくなったように陽菜は感じていた。こうしてこのまま自然に消滅する恋だってあるんだろう、気にしないでいようと陽菜は思ったが、教室の片隅で友人達とはしゃぐ杉山を見るたびに、すこし胸の奥がうずくのを感じた。

 夏休みになった。しばらくの間は杉山に会うこともないんだと思うと、付き合うにしろ断るにしろ、きちんと答えを出すべきだったんだろうと陽菜は思った。



 蒸し暑い夜、塾の帰り道に立ち寄ったコンビニで陽菜はばったり杉山と会った。

 よお!と杉山が声をかけてきて、陽菜は驚きながら、咄嗟に杉山は一人なのと訊いた。杉山はうんと言って頷いたあと、いまから行きたいところがあるんだと言って微笑んだ。陽菜はいまから杉山がどこに行くのか興味が湧いた。

 「帰り道同じ方向だろ。用心棒になってやる」と杉山が言った。陽菜は断る気にならず、うんと頷いた。

 月明かりの下、自動車一台通らない田舎道をふたりは並んで歩いた。凪いだ蒸し暑い夜だった。

 杉山が陽菜の自転車を押した。並んで歩く二人を街灯が照らして、延びた二人の影の長さが全然違うことに陽菜は気づいて、あらためて杉山をじっと見た。杉山は結構背が高いんだということに今更気づいて、意外と整った顔をしている杉山は髪を伸ばせばモテるかもしれないと思った。

 やがて陽菜は、杉山の坊主頭を月の光が照らして、ツヤツヤと光る様子が可笑しくてたまらなくなった。なにが面白いんだよと杉山が言ったから、だって杉山の頭が光ってるからと陽菜は笑った。そうかな、面白いかなと言いながら恥ずかしそうに杉山が頭を撫でる様子が可笑しくて、可愛くて、陽菜は杉山に少しずつ気を許していることを自覚した。

 「ねえ、杉山はいまからどこに行くの?もう10時になるんだよ」

 陽菜は杉山の光る坊主頭を眺めながら聞いてみた。

 「ん、学校」

 杉山はその一言だけ口にすると、陽菜を見つめておまえも来るか?と言った。

 こんな時間に学校?何を考えているんだろうと陽菜は訝し気に感じながら、つい杉山の光る坊主頭に気を取られてしまう。

 「駄目だよ。こんな時間だし、家に帰らなきゃ」

 陽菜はそう返事をしながら、杉山は学校に行ってなにをするのと訊いた。

 「こっそり忍び込んて、そしてプールで泳ぐんだ」

 その答えをきいて、一体こいつは何を考えているんだろうと陽菜は呆れた。杉山は笑っていた。



 「な、簡単に忍び込めるだろ」

 杉山が陽菜の顔を見つめながら笑った。

 「こんな田舎町の高校になんか、まともなセキュリティなんかないよ」

 結局陽菜は杉山についてきてしまった。家に帰らなきゃ行けないという気持ちを、杉山について行ったらどうなるのかという好奇心が上回った。

 友人とコンビニで会ったから喋って帰ると母親にラインをしたら、あっけなく許してもらえた。

 「杉山は前からこういうことをしてるの?」

 「うん、今夜で三回目。そうそう、中学では俺水泳部だったんだぜ」

 そう言いながら杉山が服を脱ぎだした。陽菜は慌てて、何してるのよと杉山に言いながら、泳ぐんだから服を脱ぐのは当たり前だろと言い返されて、たしかにそうだけどと思った。

 杉山はあっという間に全裸になった。杉山のむき出しになった股間をみて、陽菜は慌てて目を逸らした。男子のむき出しになった股間を見るなんて陽菜は初めてだった。

 「なんで水着を着ないのよ」陽菜がそう言いながら目を逸らしている間に杉山がプールにそっと入って、気持ちいいと叫んだ。

 杉山が水着を着ないことにも呆れたが、大声を出したら守衛さんに見つかっちゃうよと杉山に言いながら、陽菜は杉山の身体が意外と筋肉質なことに気がついた。杉山の肩の周りや腕の筋肉をみて、陽菜は杉山が男子なんだということをあらためて感じた。

 「周りは田んぼばかりなのに、誰に見つかるんだよ」

 月明かりに照らされた青色のプールを全裸の杉山がしなやかに泳いでいる。水面に当たる月の光が揺らめいて、杉山の濡れた身体がつややかに光っていた。

 「おまえも来いよ。一緒に泳ごう。気持ちいいぞ」

 杉山がさけぶのを聞いて、馬鹿じゃないのと陽菜は思う。男子の前で裸になれるわけがない。

 「恥ずかしがるなよ。全裸だからこそ気持ちいいんだぜ。俺も裸なんだからお互い様だろ」

 「嫌に決まってんだろ!馬鹿!」

 「プールに入ってしまえば裸なんかみえないよ」

 嫌だと杉山に向かって叫びながら、陽菜は杉山と一緒に泳ぎたい衝動にかられた。何故だかわからないけれと、さっきから杉山と一緒にいるのが楽しくて仕方がない。

 なんだかとても気持ちよさそうだな。

 人前で裸になるなんて恥ずかしくてたまらないけれど、夜の学校だから誰にも見られない。たしかに夜だし、水に浸かってしまえば杉山にも裸を見られないで済むかもしれない。馬鹿げてるけど杉山とならば、裸になって泳いでもいいかもしれないと思った。

 「あっち向いてろ!馬鹿!」

 陽菜はTシャツを脱いでルーズパンツを脱いだ。そして慎重にブラジャーを外してゆっくりとショーツを脱いだ。陽菜の小ぶりな乳房に月の光があたって、彼女の小柄な全身のシルエットがはっきりと見えた。そして陽菜の華奢な身体が紛れもない女の子の身体だということに杉山は気づいて、ドキッとした。

 小さめな乳房と薄くしか生えそろっていない陰毛を両手で隠して、水が身体に纏わりついていく感覚を確かめるようにしながら陽菜はゆっくりとプールに入った。25mプールの反対側に杉山がいる。杉山は屈託のない笑顔を見せながら、水の中にすっと消えた。

 陽菜はその場に立ったままで、夜空を見上げた。月明かりの下、通い慣れた校舎の黒い影が藍色の夜空に立ちはだかるようにして、陽菜と杉山を見下ろしているようにみえた。

 周りを見渡してもフェンスの向こうには木立と田んぼと数軒の民家しかない。あとはひたすら夜の闇だった。
 
 静けさの中に、杉山の声と彼がたてる水の音しか聞こえない。

 先生に見つかるとか警備員に叱られるとか、別に構わないんじゃないかと陽菜は杉山を見ながら思った。パンクロックって、こういう奴のことなのだろうか。陽菜は気持ちよさそうに泳ぐ杉山を見ながら、わたしは杉山に恋をしているのだろうかと自分の胸に訊いてみた。

 杉山が陽菜に近づいてきて、ふたりは互いの顔をじっと見つめ合った。そして微笑みながら、全裸のふたりは手をつないて泳いた。月明かりが青いプールを照らして、濡れた二人の肢体が艶やかに光る。それを夜がまるで二人の秘密をじっと覗き見るように、そして包み込むように見守っていた。

  

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