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自分の薬をつくる

自分の薬をつくるとはどういうことか。

この本の著者、坂口恭平さんは、過去、躁うつ病と診断されてから、自分のコンディションをどう保つかに目を向けるようになる。医者は躁うつ病と病名をつけ、エビデンスに基づいて薬を処方したり、アドバイスしたりと一般的な診療をしてくれる。しかし、精神疾患というのは個人の主観的な感覚が症状として現れているという特徴があるので、自分はどんなときによい状態になり、どんなときにまずい状態になるのか、他人に認定されるというよりも、自分自身が体感を通して理解していることが大切ではなかろうか。

そのため、自分自身を理解していくことの先に病気をコントロールしていくことがつながってくる。坂口さんは、持ち前の探求心で何か行動してみては(アウトプットをしては)、その時の自分のコンディションを振り返り、分析し、自分のいわば、「取扱説明書」をつくりあげていく。そのことを”自分の薬をつくる”と表現している。

この本は、様々な悩みを持つ人が坂口さんに相談を持ち込み、坂口さんがそれに答えていくというワークショップをまとめた構成となっている。坂口さんが多くの相談者に対して一貫して勧めていること、それはアウトプットすることである。

悩みを相談したとき、周囲から受けるアドバイスを聴き、自分はだめだと自己否定しているうちは受け身から抜け出せず、アウトプットにつながらない。それは本人から力を奪うことにつながる。

自分の力を奪うようなアドバイスなど、聴かなくてよいし、そもそも悩みだと思わなくてよい。坂口さんは多くの人の悩み相談を受けていくうちに、どうやら本人は、”これは私だけ大変なことになっている”と思い込んでいるが、実際のところその人特有の悩みじゃないことばかりだということに気付いていく。

そうすると、もはやそれは悩みではなく、人間誰もが共通して感じる、考えている人間の特徴みたいなものなのだと。特徴なんだから、それは客観視して、どう取り扱えばいいか考えていくとよいということになる。

彼のスタンスは、アウトプットすることによって、自分に主導権を取り戻そう。そして、自分に対する解像度を上げて理解を深めていくことで、よいコンディションを保つ術を自分で創ろう、そう主張しているように思う。

コーチングやカウンセリングをかじった身としてこの本を読んでいると、本人に主導権を持たせ、自分の感情を感じ、肯定し、それに沿って人生を選択するようサポートするという点で共通点を感じてしまう。坂口さんは博学で読書家ではあるが、おそらく人材開発やコーチングなどを専門的に勉強したわけではないだろう。それでもご自身の内省を深めていく中で自分なりにつかんだ方法論が、コーチングそのほかのコミュニケーション論の本質にも
通じているように思えて興味深い。

彼はtwitterで本人直通の携帯番号を公開し、「いのっちの電話」という死にたい人であれば誰でもかけることができる電話サービスを無償でやっている。

本家本元の「いのちの電話」はほとんどつながらないという現状があるそうで、2012年に彼が勝手にはじめてもう10年近く。最近はかなり広く知られるようになってきているので、一日に何十人とかけてきているようである。年間数千人の悩み相談、しかも自殺したいなどという深刻な人の相談に乗り続けていることになる。その積み重ねは圧倒的である。

こんな人もいるんだなと感嘆せずにはいられない。軽い切り口なのに、非常に考えさせられるとっても良い本です。ぜひ多くの方に手に取ってみてほしい。

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