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太宰との出会い

溺愛し、肌身離さず持ち歩いていたものを嬲り捨てたくなる時が来る。
彼との出会いは16歳の時だった。人生で初めて働き、給料を初めてもらい、懐が暖かくなり、社会の一員として認められた気がしてなんとなく自信もついた頃だった。今までは、手当たり次第の本を読みあさっていたが、目的を見つけなくては。と焦燥に駆られた日々を過ごしていた。
そんなある日だった。何気なくアマゾンで次読む小説を漁っていた。太宰治全集『250円』と電子書籍でも破格である。本当に純文学を読むのは初めてだな。これを機に読んでみようと思い、購入し、家にあったKindleにダウンロードして読んでみた。(なかなか読みづらい...)いかんせん旧字体である。この字体は、現代人が受け付けない訳だ。しかし四苦八苦しながら読む進めるにあたって文脈から、わからない端々の言葉や晦渋な漢字が段々わかるようになってきた。そして太宰文学にのめり込んでいくことになる。
そして半年ほどで7割ほどの作品を読了した。その中で今も思い出に残っているのは、「思い出」「津軽」「御伽草子」「姥捨」である。
まず、思い出は太宰治の幼少期の物語で、津軽は作家としての地位を確立してから故郷を旅する作品である。そして御伽草子は、御伽噺を太宰風に面白おかしく仕立て上げた作品で、姥捨は彼が芥川賞に落選した時に、訪れた温泉地での出来事である。軽く四つほど上げて気づくと思うけど、どれもこれも自身が体験した私小説なのである。御仁曰く初期中期後期で読むと面白いらしい。著者の経歴と照らし合わせて読むとわかりやすいらしい。生憎、そんな嗜み方をしたことがないので割愛しておこう。
17歳の終わりくらいだが、よく作中に三鷹の話が出てくる。不思議に思いインターネットで調べてみると彼が住処にしていたらしい。合点がいく。これはもう行くしかないじゃないか。電車で1時間弱。三鷹駅に降りるのは初めてである。太宰治資料館というものに行ってみようではないか。駅を出て10分ほど歩を進めると見えてきた。小綺麗な建物にデカデカと「太宰治文学サロン」と書かれている。中に入ると静謐な雰囲気に包まれ、太宰治の筆跡で書かれた書簡などが展示されていた。敬愛していたと言うこともあって、じっくり観賞して1時間ほど滞在した。(今思えば30分ほどで足りるほどの展示だった)満足した自分は、太宰が外套を羽織って黄昏ている写真を見るとここは三鷹付近で撮られた物だと推測し、案内人に聞いてみる。
「ここはどこですか?立派な写真だ。」
「ここは三鷹駅から5分ほど歩いたところにある跨線橋です。都内でも珍しいんですよ。今の時分だったら、夕陽が見れて、いい写真が撮れますよ。太宰治も気に入っていたので、是非行ってみてください。」彼奴は皮肉が効いている。俺が一人で来ていることを知っていて、そんな冗談をとほくそ笑みながら、挨拶をして矢継ぎ早に跨線橋とやらに向かう。当時はスマホも持っていなかったため、漢字を想像しながら渡された地図を見ながら目指していた。そうしたら住宅地に紛れ立派な橋があった。あれかと早合点しながらも登ったら、そこには線路を跨ぐ橋があった。駆けっこしている親子を傍目に、黄昏れていると、駅から電車が発車した。その電車たちは、サラリーマンや学生を運んでいた。

それから週一のペースで何かに取り憑かれたように三鷹へ足を運んでいた。そして太宰が入水自殺をした玉川上水に行くと、石碑が置かれていた。それは金木市から贈られたものらしい。金木市とはどこだろうと考えていると思い出の作中で、津島修治(太宰治)が育った故郷だったところを思い出した。
そうだ。彼の生まれ故郷を旅してみよう。旅をまともにしたのは修学旅行くらいだ。まず、何から段取りをするんだ?とりあえず新幹線の席を取ろう。
翌日、最寄りの駅に行き、駅員に「新幹線の券を買いたいんですけど。」と聞いてみた。
「ここの駅じゃ無理だな、券だけ買いたいなら、切符発行してやるよ。ほい」
「あざっす。」田舎の駅ってこともあって、接客がぞんざいである。そこもまた風情だ。窓口で話っけると、いろいろ説明してくれた初めて乗車切符と特急切符があることを知った、これもまた勉強である。とりあえず最寄り駅からの金木駅までの乗車切符と東北新幹線の特急切符を購う。電車に揺られながら、次は何をしようかと思案していると、旅館を予約しようと思い至った。スマホで検索してみる。『青森県金木町 旅館』吃驚した。その訳は2件しかなかったのだ。大丈夫かこれ空いてるのか...と多少の不安を胸に抱きながらも、その2件に電話で空きを確認した。残念、どちらも空きはなかった。不安がどんどん大きく膨らんでいく。どうしようか...泊まるところもないからちょっと離れを探そうかとネットで検索するとビジネスホテル太宰というやってるのかやっていないのかも検討つかない旅館?がネットに掲載されていた。僥倖にも電話番号があった。藁にもすがる思いで掛けてみる。
「もしもし。ビジネスホテル太宰です。」
「あの。予約取りたいんですけど。この日って空きありますか?」
「ん?聴こえないな。もっと大きな声でお願いします。」
「よやく!空きある?」
「ありますよ。朝食と夕食はつけますか?」
「はい。」
「何時ごろ着きますか?」
「18時ごろですね。二日間お願いします。」
このやりとりで
実際、2、30分くらい行われた。相手が耳が悪い老人ってことは分かったが、悪いっていうのが限度が超えてて笑止千万もので後半はあきれ返って、辞めようかと思っていたくらいだ。とりあえず泊まる場所が確保できたってことで、一件落着である。

そして旅行当日である。12月の半ばでいかんせん東北に行ったことがないので、多分、雪は降っているだろうなと思ったので、ヒートテックを着てダウンジャケットを羽織ってきた。そうして予定通りに乗車券を改札で通し、問題なく、電車に乗り込む。遅延か何かしていたらと思うとドギマギして、電車が来るまでは緊張で何も手につかなかった。とりあえず東京駅まで着いたので新幹線の改札まで歩く、ゆとりを持って30分を見積もっていた。10分ほどで予定通りに、乗車口までついた。早く着きすぎた。どうしようか...と思案していると、朝食も食っていなかったので駅弁を購おうと、売店に立ち寄った。そこには色とりどりの弁当が並んでいた。まあとりわけ興味もなかったので豚丼を選び、乗車する。窓際の指定席を選んだ。東北新幹線は指定席しかないらしい。何故だかわからないけど。
豚丼を食いながら、外の景色を眺めていると、山形に入ったらしい。ゴニョゴニョよくわからないアナウンスが聞こえ、騒ついている車内。何が起こるのかと期待を胸に緑茶を飲んでいるとさっきからトンネルの中に入ったまま景色が変わらなかった暗闇から、パッと雪景色が映えた。たしか、川端康成の雪国でもこのような情景描写があったような気がする。銀世界を眺めていると気づいたら新青森駅に着いていた。ここからが大変なのだ。雪に苦戦しながらも構内を牛歩し3、4回ほど乗り換え、ストーブ列車でスルメをつまみながら、ストーブでヌクヌク暖まる。車掌がストーブを避けながら乗車の切符を確認してる。このような光景もストーブ列車ならではなんだろう。
無事に金木駅に到着した。新幹線を降りて、1、2時間ほどもかかった。改札を通ろうとしたら、駅員が立っている。手動のようだ。生憎、乗車券を見せたら、戸惑った顔をして、料金表を提示してくる。別料金のようだ。附に落ちず、現金で払う。腹が減ったな、と思い、周りを見渡すと笑ってしまうほど何もない。近くに駅員がいたので、飯が食べれるところを聞くと近くの食堂に案内してくれた。可もなく不可もないラーメンを食べ終わり店を出る。時計を見ると15時。なかなかいい時間だ。スマホを開いて「斜陽館」と打ち込むと2キロ先にあった。これは地図見なくても行けそうな感じだなと思いスマホをポケットに入れて歩き出す。周りを見てみると何語かわからない津軽弁らしき言語でやりとりしている地元の人々を横目に歩を進める。書を捨て街へ出よとはこのことだなと感慨深げに後元の雪を眺める。
暫くすると、田舎には不相応な建物が見えてくる。もしかしてこれが斜陽館か?と期待をして正面に回ってみるとそこにはデカデカと斜陽館の文字が。中に入ると1世紀を経たとは思えない建物の壮観さに圧倒された。まず入口(玄関)が広すぎる。和室から洋室まで、ジックリと見ていると、いつの間にか時計は夕方5時を回っていた。宿のチェックインは6時で、あと1時間しかないことに焦燥感に駆られ、宿まで2キロ弱。賢人ならば、ここでタクシーを呼ぶだろう。だが俺は、そんなことはしない。問答無用で歩くことにした。グーグルマップで調べてみると、30分で着く予定だ。駅前はよかったのだが、少し歩くと除雪されていない歩道(?)が現れた。どうしようか。交通量が半端ない。矢張り歩行者なんぞ雪国では論外かと思い、意を決して、車道に出て、膝までの雪を掻き分けながら進むと、煌びやかな建物が見えてきた。いかんせん吹雪で建物が雪で覆われていて何の建物かわからない。ラブホかな?と思い、中を覗いてみると、ジャラジャラと騒音が聞こえてきた。更に凝視してみると、みんな椅子に座って台と睨めっこしている。田舎の人たちはやることないんだなと呆れ果てて、歩を進める。それから雪に四苦八苦しながらも、歩くこと30分でようやく見えてきた「ビジネスホテル太宰」と看板が書いてある。中に入ると「こんにちは」と好好爺が出迎えてくれた。「予約していた者です。」と話すと心得ていたみたいで部屋に案内してくれた。風呂を沸かしていると、夕食も準備が整ったとのことで、食堂に行ってみると家庭的な料理が用意されていた。食堂とはいったが、完全なリビングである。こういう民宿も珍しいもので、なかなかおもしろい。3、4杯白米をおかわりして、平らげ、熱々の風呂に入り、床暖房をつけて、太宰の本を読みながら眠りに着いた。

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