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【短編官能小説】一回、一万三千円。


「あぁ、ぁ」

一回、一万三千円。

人々は、お金ではなく、お金の先にあるものを欲しがっている。

ある男は、快楽を。

彼女は、ブランド物のバッグだ。

企業努力のブランディングによって、ターゲットとなり、そのために彼女はすることして、対価にお金を手に入れ、それと交換しにくる。

お金のために、することしてるわけだが、
感覚が麻痺すると、嫌なことが平気になる。

慣れてくる。

たしかに男受けする容姿や動き、匂いをしている。

服装は少し乱れ、デコルテを出し、もふもふしたサイズとしては小さいコートを着ずに羽織っている。

沸騰したお湯で数分煮込んだ後のおもちのようにふっくらしていそうな太もも、それが見え隠れするニットワンピース、絶対領域を下に広げて開拓したような黒ブーツ。

髪は、金っぽい茶色のロングで、てっぺんは黒く、金っぽい茶色の染めが落ちてプリンになっている。

体からは、ケーキ屋か百貨店のコスメのブースの階のような、甘く、若返るような匂いがする。

こういう女性特有なのか、よく街をなんとなくにふらついている。黒ブーツやヒールは、ちょいとこけてしまいそうに、ブランドものの服には、着こなしているのか服に着られているのか。

今日も今日とて、売女として、頭の毛が薄く(横だけ濃い)下腹部が突き出し、鼻につんとくる臭いがする突起物をもった男の、社会の窓を開ける。

くさい。

そしてその金で、ブランド品やコスメやときには整形など、美容に費やし、外装ばかりを整えた模型となり、仕事場の社長といっても、自分と同じような模型を10人くらい引き連れた、何の仕事をしているかもわからないような、どこからか湧き出るお金の金持ちの社長に会って、食事を奢ってもらって、帰り用のお金もらって、『世の中くそだ』とぷかぷか頭に浮かべてる。

彼女らが稼いだ金を横から引き抜いたが故の金持ちの男がなぜか魅力的らしい。まあ嫌われごとは自分ではなく下にやらせてるのも要因だろう。


とはいえ、これが彼女の生存戦略なのだ。

生まれてしまったから、生きているのだ。

彼女にも、みんなと同じように幼い頃がある。

が、残酷だった。

父母は若くして別れ、シングルマザー。

母は平日はほぼ毎日、違う男を家に連れ込んだり、夜の仕事では帰りが遅く、ろくに家事もしない。というか疲れてできないようだった。

タバコは自分からは吸わない。タバコ嫌いの常連(吸う人には吸って相手していた)もいて、売女の商品としての価値が下がるらしい。
そこだけは人として尊敬していたかもしれない。

でも酒は飲んでいた。

そんな様子を見かねたのか、色目を使っていたのか、アパートの大家がたまに訪れて、お客となったり、母の外出中に目を盗んで、幼い頃の彼女にご飯などをやっていた。
(合鍵はすでに持っていたらしい。もちろん母は知らない。)

が、そんな大家も、彼女が少しずつ実ってくると、色目を使うようになる。

まだ幼い彼女を相手に、手をまさぐったり、様子を伺うふりをしてわざと身体に触れてきたり、妙な服を着せられたり、次第に行為がエスカレートした。

最初はもちろん彼女も抵抗したが、ご飯のことも考えると、耐えるしかなかった。

そんなとき、それに気づいた彼女の母は、大家を怒鳴り付けた。

しかしそれは愛ではなく、訴えれば金になる、ぐらいなものだった。

むしろ、彼女をそういう道で、もう年頃だから金儲けの道具にできると考え、男どもに売り始めた。

生まれたときから売女の彼女には、容姿も良すぎることはなく金を払わなければ女を抱けない男にはちょうどいい程度で良く、金づるは簡単に手に入り、麻痺した感覚は苦にはならず、世の中くそだ、という世界ばかりを見ることになった。


そんな彼女が、交通事故にあった。

あれだけ男に襲わせていた彼女でも、車相手では、さすがに自分がイきそうになる。
(仕事でお客を相手にイッたことは一度もなかった。そのふりはいつもしていて、ほとんどが本当と勘違いしていたようだ。)

そして、

記憶喪失になる。

何も覚えていない。

ひき逃げのため、犯人はまだ逃走中だそうだ。

病院には、誰も見舞いには来ない。

記憶を探るためにも、彼女の同意のもと、携帯に登録された連絡帳から探ってみる。

しかし、携帯には、しらない番号が大量にならんでいる。
『ハゲ』『でぃっくさ(ディックと臭いをかけている)』『ゴミちゃん(五味という苗字)』『男A』『変態ごきぶりやろう』『毛もじゃ』『きしょ男』『れずババア』など。
もちろん客のやつだ。

病院の人も、彼女の容姿や身なりからさすがに察したが、声色や喋り方からはまるで性格がそれとは似つかず、とりあえず記憶を取り戻す作業のため、一旦入院となった。

しかし、家に戻れば金はある。
ブランド物の品々も売れば金になる。

が、それらを置いてきた、その家に帰れるかはわからない。
(たとえ帰れても、彼女が入院して2日後には、自分が新しいブランドもののネックレスを買うために、彼女の母が勝手に売ってしまったのだが。)

そんな中、病院に綺麗な音色が響く。
病院にあるピアノを、坊主頭の女の子が弾いていた。

今までの彼女であれば、うるさいとしか思わなかっただろう。

しかし、記憶喪失になった彼女は、
まるで、いいとこのお嬢様のように、別人格だった。

ピアノの音色が、彼女と坊主頭の少女を出会わせた。

「すごく綺麗な音。」

「ありがとう。お姉ちゃんも弾いてみる?」

「うん。」

もちろん、ピアノなど弾いたこともない。

しかし、

「お姉ちゃん、すごい。ピアニストだったの??」

「わからない。でも、楽しい。」

彼女の目には、過去の男たちなど、一切写っていなかった。

ただ、夕日の差し込むゆるやかや光が、白い鍵盤に跳ねて音色を弾ませる、彼女と少女の二人だけの空間だった。

そんな病院に、交通事故で記憶を失う前の彼女にきめられたおっさん(彼女の連絡帳の名前に従えば、変態ごきぶりやろう)が、ちょうど胃潰瘍の傾向があるとかなんとかの話で問診していて、話を聞き付けてやってきた。

「すみません、困ります!」

女性の看護師の声を聞かないで、視線だけを、彼女のふっくらとスラッした二本の脚を頬張るように見て、くびれや胸の膨らみから顔立ちまでなめ回してから、イラつきながら鼻息を漏らしたため息をして、無視した。

「おお!いたいた!!今日予約してたろ?俺は病院でもいいぜ!コスプレといこうぜ」

「お姉ちゃんに近づかないで!」
坊主頭の少女が飛び出した。

「おお?お嬢ちゃんはまだ小さすぎるな。もうちっと大きくなったら、いいのに実って育ちそうだな。そんときはおれが食べちゃうよーえへへ」

そのとき、この男から出ている臭いが、鼻につんとささり鼻の奥の方にのこるような汗の乾いた臭いが、彼女にある記憶の断片を思い出させた。

私が、売女であったことを。

彼女は走り、自分の病室にもどり、ベッドにうずくまる。
(おそらく看護師と坊主頭の少女が声をかけたり呼び止めたりしたが、聞こえてはいても耳の中までは入っては来なかった)

さっきのピアノの周りには、綺麗な音色に惹き付けられた者と、きもおとこの変態ごきぶりやろうの騒ぎの話を聞き付けて、人だかりができていた。


次の日、彼女は再びピアノを弾いた。

次の日も、その次の日も。

「あんた、ピアニストなのかい?」
病院服を着てても内側から何かが発せられて一目で上品そうなマダムだと伝わってくる彼女がたずねた。

「わからないです。私、記憶喪失になったらしいんです。入院はしてるけど、家に帰れなくてお金が払えないの。どうしよう。」

「そうだったのか!わたしのでよかったら使ってくれ。かまわんよ!まあ、綺麗な音色のピアノを聴かせてもらったお礼よ。どんな医者よりも効く薬だ。寿命を伸ばしてもらってるからね。生きてて良かったよ。」

彼女は、その爆発したピアノセンスで、病室でお金を少しばかりあつめた。が、それでも足らない。

そんな中、ある医者が、

「入院費については、かまわない。その代わり、ここでもう少しばかり残って、ピアノをひいてくれないか?君がここに来てピアノを弾き始めてから、病状が回復しているんだ。特に、あの坊主頭の少女、いるでしょ。やっぱりすごいよ。君の身元はまだわかっていないんだけど、戸籍などからも調査していて、もちろん君の家がわかればいつ帰ってもいいよ。だからそれまでは居ててくれないか?」

彼女の売女であった記憶は、まるで前世であった事のように振る舞い、次第に彼女自身が求めていた記憶は、思い出したくない記憶であることを感じていた。

しかし無慈悲にも、医者からの提案の翌日には、彼女の家が特定できた。

約束通り、帰ることになる。
医者はああ言ってくれたが、たしか家に帰れば入院費を払えるだけのお金があったはずだ。

そして、

本当の自分はどうだったのか。

いや、記憶を失う前の自分は、どんな自分だったのか。

家に近づく。

見覚えのない景色。

この先に、自分の家がある。

まるで、初めて自分一人だけでお出かけに行ったような感覚。

自分の家なのに、まるで違う。

今の彼女の家は、むしろピアノのある病院。

ここに、記憶を失う前の自分の家がある。

地図によれば、この古びた電柱の角を曲がったところ。


そこには、変態ごきぶりやろうがいた。

「おぉー!やっときた!やろやろ!もうおじさん、君を失ってから他の女じゃ満たせなくてサー、溜まっちゃってるよぉお。」

不思議と彼女は受け入れていた。

麻痺した感覚は、そう簡単には消え去らない。

染み付いたものは、簡単には拭えない。

「記憶喪失のせい?なんか雰囲気違うなー。でもこの身体は健在だなぁ。このくびれにここの膨らみにさぁ、たまらないよぉ。クンクン。あぁーこの甘い匂い。クンクン。」

彼女はいつも通りだった。

売られた女だった。

「さぁ、はやくこの服に着替えて。コスプレする約束だよぉ?おじさんは覚えてるよぉ?大丈夫。パチンコで勝ってきたから、ほら、こんなにお金があるんだぁー。楽しみだなぁ、久しぶりだから、おじさん、いっぱい出しちゃう!」

気がつけば、次の日になっていた。

ブランド物のバッグたちは、母によって、ゴールドのネックレスになっていた。


彼女は思い出した。


だが、


なぜ、こんなところに生まれてきたのかは、思い出せなかった。


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