売り手の心理~歴史を受け継いできたという重みと手放す勇気~
先週は企業を譲受する側の心理について触れたが、今回は譲渡する側はどうかを書いてみたい。譲渡する側には実に様々な事情やドラマがある。
なかには、初めから売却を念頭において会社を創業する方もいれば、先祖代々受け継いできた会社を親族に承継できなくなり、やむを得ず手放す方もいる。特に後者のケースでは、複雑な心理があり、面談などでお話を聞かせていただく度に胸を打たれることが多い。
例えば、当社がサポートさせていただいた株式会社都精機さんの譲渡案件についても、担当者からのお話を伺い、大変感慨深いものがあった。詳しくは、会社のホームページに掲載しているご本人へのインタビュー記事をご覧いただければと思う。この案件は、売却後に業績が伸びた、非常に成功したM&A案件の一例である。
都精機は、70年以上にわたり精密小型歯車のエキスパートとして業界に知られていた。売却時社長であった矢都木力さんのご祖父さまが創業された会社だという。ご祖父さまが当時勤めていた小西六写真工業株式会社(現:コニカミノルタ)を定年を目前にして退職され、退職金をもとに歯車の製造に用いる歯切り盤を購入し事業を始められたとのこと。
当時、ご祖父さまは設計関係の仕事に従事しており、歯車専門ではなかったそうだ。それでも歯車に可能性を感じ、一念発起して東京三鷹の地に歯切り加工の会社を創ったという。以来、代々家族で会社を承継し、大手企業との取引もあって業績は安定していた。
M&Aを検討することになったのは、後継者がいなかったためだ。社長と専務である弟さん、2人合わせて5人のお子さんがいたが、誰一人として精密小型歯車に興味を持っていなかった。しかし取引先や従業員、その家族の生活を考えると、後継者がいないからといって廃業させるというわけにはいかない。そこで、M&Aに可能性を見出しご相談くださったのだ。
家族に後継者となり得る人材がいれば、もちろんそれに越したことはないだろう。しかし、現実問題として、それはなかなか難しい。興味を持っていない人や経営に向かない人に会社を譲り渡しても、会社の成長や存続にはつながらない。当然のことながら、息子だから、娘だからという理由だけで経営者が務まるわけではない。婿養子を迎える場合でも、同じことが言える。
何をやってもうまくいった高度経済成長期とは異なり、現代では様々なものが出尽くしており、時代の変化を見極めながら経営していく必要がある。経営は決して簡単ではない。時代に即さない経営をしてしまうと、せっかく会社を承継しても倒産させてしまう可能性がある。時代に合った経営ができる後継者を上手に育てるというのは、マニュアルもない中で、容易なことではない。
つまり、後継者が親族であることが必ずしも最良の選択ではなく、経営の能力がある後継者がどこにいるのかという視点で考えるべきだろう。家族に適任者がいない場合は社内を探し、社外を探す。選択肢はいくつか持っておいた方がいいし、M&Aもその一つの手段だ。
また、ご自身が事業を承継して経営を担った時の心境を伺った際、矢都木透専務は「自分の代で会社を潰してはいけないという想いだけだった」と語られた。歴史ある企業を受け継いだ者が感じる重圧を率直に示した、胸に響く一言だった。「新しいことにチャレンジしたり、売上を伸ばすための戦略を考えるよりも、今まで続いてきたことを何とかそのまま続けていきたいと思っていた」という言葉からは、守りの精神が垣間見えた。
家族が承継することのメリットは大きいが、承継者にとっては重圧と感じてしまう部分もあるだろう。変化を求められる今の時代、ある程度の攻めはどうしても必要になるが、その重圧がブレーキとなることもある。こうした観点からも、家族が引き継げば必ずしも上手くいくとは限らないと感じさせられる。
本案件において、会社の所有という点にこだわらず、広い視野で会社の未来を見据えた矢都木社長は、経営者として英断をなさったと思う。このようなケースでは、会社の所有にこだわってしまう経営者は少なくない。しかし誰のものか、ということよりも、会社に関わる全ての人の未来に照準を当てて考えることが、会社の存続には重要だ。
結果的に、この案件ではRCホールディングスさんとのM&Aが成立し、非常によい結果を生み出した。30年以上経営に携わってきた矢都木透専務は、ホールディングス内の別会社で顧問を務めるなど、その経験と知識を広く生かし、今もご活躍されている。一つの会社内に留まっていた貴重な情報が、規模の大きい会社に入ることで、更に広がっていく。それは大きな社会貢献にもつながる。
まだまだ会社が成長する可能性を感じられることは、残って働く社員たちにとって喜ばしい状況だ。いつなくなってしまうかわからないと不安定な状況下で働くよりも、安心して働ける環境の方がパフォーマンスも向上する。
新しい会社にはそれなりにモチベーションアップの施策もあり、それらは当然業績にも影響するだろう。
M&Aにより資本提携することは、新しい血が入るということ。新しい血が入り循環すれば、前よりずっと元気になる。会社の健康状態が良い、会社が元気であるということは、とても大事なことだ。
こういったM&A案件に今後もたくさん携わっていきたい。滞ったところに新たな血を注ぎ、巡らす…よい循環をもたらし元気な会社を生み出すようなM&Aの仕事に、やりがいを感じている。
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