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名前の話

「私の人生が変わった、って感じたのはね、」

訪問看護の看護師さんに、母がそんな話を始めた。

「私のことを、『多津子(たづこ)さん』って呼んでもらって、嬉しく感じた時なの」

看護師さんは、不思議そうな顔をした。私も母の意図を汲みかねていた。ただ、薬のせいであたたかい泥に沈みゆく意識の中で、彼女が何かを必死に伝えようとしていることだけは伝わってきた。

「昔はね、自分の名前が好きじゃなかったの。多津子の“づ”って音、発音しにくいし、綺麗じゃないでしょ。でもね、ある時に『多津子って、素敵な名前ね』って言ってもらって、そこから多津子って呼んでもらえるのが嬉しくなったの」

それがどこの誰に、いつそう言ってもらえたのかまでは聞かなかったが、察するにそう遠い昔の話でもなさそうだ。あくまで私の予想だが、直近何回かの入院中にできた友達にそう言われたのだと思う。

「私ね、看護師さんに『多津子さん』って呼んでもらえるの、すごく嬉しいの」

そういえばかつて、母が自身の名前を好きになれないといった主旨の発言をしていたのを思い出した。それは一度や二度のことではなかった。その理由は名前の響きもあるのだろうが、それ以上に実家と彼女の関係にも起因していたように思料する。

「多津子さん、私もね、自分の名前が好きじゃなかったの」と看護師さん。

「私、千史(ちふみ)っていうんだけど、なんか好きじゃなかったのよね、自分の名前。でもね、看護師の仕事が嫌になって、一度ワーホリでカナダに住んでた時、名前の意味をよく聞かれたの。その時に、あぁ、a thousand historiesって素敵だなぁ、って思ったのよ。そこからね、自分の名前が好きになったの」

不思議な共通点に、母は感動していた。


私の名前は父が、妹の名前は母が、それぞれつけた。

私は妹の名前が羨ましかった。音も字面もいいし、詩的で、その上母がつけたのだ。「沙綾」という名前だ。

対して「裕太」という名前は、その由来もはっきりせず、“ありきたり”であり、名付けた人と名付けられた人の間には、残念ながら大きな溝が横たわっている。

自分の名前が嫌い、とまではいかなかったが、強い愛着があったわけではない。


今日の母の話は私に、名前というのは「呼ばれるもの」であることを思い起こさせた。その名で呼ばれることで、名前というのはその人になじみ、染み込んでいく。

私の名前を、一番多く口にし、かつそこにありったけの愛を注いだのは、他でもない母である。きっと私の名は、母によって、真っ新な布がはっとするような藍色へと染まっていくように、私のものへとなっていったのだ。


「裕太」という名前が、はじめて好きになった。


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