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フォームポジット同盟

デザイナーの友人たちを中心とした集まりは想像通りあっという間に私たちを夜更けまで運んだ。解散したのは夜11時半過ぎ。徒歩圏内に住んでいた私は、名残惜しい気持ちと共に他の人たちの反対方向に歩き出した。

普段は11時前には寝ていることの多い私は、強い眠気を抱えながら夜の渋谷のはずれをいそいそと歩いて家に向かった。昼間はあんなに暑かったのに、その時間になると長袖のシャツ一枚では肌寒かった。

奥渋のあたりの飲み屋はまだ多くの人で賑わっていた。彼ら彼女らは近隣に住んでいるのだろうか、皆帰りそうな気配もなかったし、道を歩く人はとても少なかった。

夜遅くまで飲めるなんて、皆なんて元気なのだろう。お酒も飲まずに11時過ぎには睡魔に負けてしまう私からすると、もはや考えられないほど体力があるように見える。

その一方で、私は運動に関しては一般的な同世代よりも体力がある。週末に25kmのトレイルランニングをこなせるし、その日も日中は、自宅から大森、大森から自由が丘、自由が丘から武蔵小杉、武蔵小杉から自宅、の合計3時間以上を自転車で走ってもあまり疲れを感じていなかった。

体力、とはなんだろう…そんなことを考えながら、私は夜道を家へと向かった。


代々木八幡駅のエスカレーターをのぼる。さぁ、家まではあと少し。

「ヘイ、ミスター!」

後ろで外国人の声がする。それが2、3度繰り返される。

ようやくその声が私に向けられていることに気づく。なんだろう、こんな時間に、変に絡まれたら嫌だなぁ。

振り返ると、赤いスタジャンを着た黒人男性がいた。“ラッパーかぶれ”といったらその風貌が伝わるだろうか、ジャラジャラしたアクセサリーはあまりつけていないようだったが、下に重心があるファッションだった。

彼は続ける。

「そのフォームポジット、めっちゃカッコいいね」

なんだ、スニーカーの話か。

その日私は、NIKEの「Air Foamposite One」(以下フォームポジット)というモデルの黒いスニーカーを履いていた。こちらの記事内の写真にある一番上のものだ。

「ありがとう。フォームポジット、好きなんだよね。3足持ってるよ」

私が持っている4足のフォームポジットのうち、1足はComme des garconsとのコラボモデルなので、厳密には同じフォームポジットではないという咄嗟の判断で、私は「3足」と口にした。こういうところが私は律儀だ。

「いいね、俺も国に4足持ってるよ」

その言葉を聞いた時、なぜだか私は「4足持っている」と言わなくてよかったように感じた。


フォームポジットを履いていることで声をかけられたのはこれが3度目だ。1度目は私がまだパリで大学院生をしていた頃、紫のフォームポジットを履いていたら、電車のホームで背の高い黒人に声をかけられた。その後私たちは好きなスニーカーについて一駅分話した。2度目は去年、Comme des garconsとのコラボモデルを履いていたら銀座線の中で話しかけらた。シンガポールから観光に来ているという彼は、なんとNIKEの社員だった。社内にあるレアなスニーカーの写真を見せてもらったりもした。


そこでちょうどエスカレーターを降り、彼は小田急線に乗るところだった。私たちはおやすみをいって別れた。


こんなに声をかけられるわりに、最近はあまり人気のあるスニーカーではない。発売される頻度も少ない割に、NIKEの公式サイトを見ても、結構売れ残っている。

もしかしたら、フォームポジットを好きな人は、“隠れキリシタン”のように、その身分を隠して生きていかなければならないのかもしれない。そんなわけで、フォームポジットを見ると、仲間だと思って声をかけたくなる気持ちを抑えられないのだ。

きっとそうだ。私たちはフォームポジットという同盟で結ばれているのだ。


今度街でフォームポジットを見かけたら、私も声をかけてみようかな…同じ同盟で結ばれる者同士、分かちあえるものがあるかもしれない。

いや、やっぱり迷惑かな…


いずれにしても、フォームポジットによる3度の声かけのどれも、私には迷惑ではなかった。むしろ嬉しかった。


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