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一回り下の女の子に握手を求められ困惑したおじさんの話

タイトルの通りなのだけれども。


çanomaの取扱店のひとつから、新しいスタッフが入ったから改めて香りに関するレクチャーをしてほしいという依頼が入った。そのスタッフは若い女の子で、香水好きという情報だけは予め入手した。

雨上がりの土曜の夜、私は自転車でそのお店に向かった。3月下旬なのにまだ肌寒く、私はしっかり着込んで手袋までしていた。

夜6時半ごろの店内はお客さんで溢れていた。どのお客さんも目ぼしいものが複数あり、その中からどれを購入するかで悶々と悩んでいるようだった。それを店主が上手に捌いている中、カウンターの後ろに彼女がいた。

パッチリとした目とエキゾチックな顔立ちが印象的だった。店頭に立つのはまだ2回目とのことだったので、多くのお客さんに少し狼狽えている様子もありながらも、私が来たことで“やること”ができたので少しホッとしたようだった。

お噂はかねがね、いえ噂される程でも、という一連の流れの後、少しの雑談を挟んでレクチャーを開始した。通常の接客時と同様、私は彼女の香水遍歴を尋ねることにした。それなりの数の香水を使っている一方、その名前を聞くと返答に詰まった。2、3の名前はかろうじて挙がったが、名前がわからないものの方が多かったのだ。

私には彼女が香水名を挙げるのをためらったように見えた。そういう人は多い。それが香水名をきちんと覚えていないからなのか、プライベートを開示するようだからなのかは正直よくわからないが、私にとってはその人の嗅覚における数少ない大切な情報なので根気強く聞くようにしている。そこにはその人の香りの好みだけではなく、何を「強い」、「重い」、「甘い」と感じるかに関する情報が詰まっているからだ。

そんなふうに始まったレクチャー、私はイマイチ手応えを感じることができなかった。彼女に“刺さっていない”感じがしたのだ。「この子はもっと派手だったり有名なブランドが好きなのかな…」と思いながらも、とりあえずは私なりにきちんと一通りのレクチャーをした。

終了後また少し雑談をして、彼女の勤務終了時刻になった。荷物をまとめて帰る際、彼女は急に左手を差し出してきた。

私は一瞬、戸惑ってしまった。理由はふたつ。差し出されたのが左手であったこと。そもそもなぜこのタイミングで握手なのか理解できなかったこと。

結局私は、両手で軽くその手を握り返した。

「手あったかい。お疲れ様でした〜」

彼女は颯爽と帰っていった。人で溢れた狭い店内でひとり残された私は、ぼんやりと立ちすくんでいた。


あの握手はなんだったのだろうか…あれ以来ずっと、私はそのことについて考えている。店主によると、あんなふうに彼女が握手を求める姿を見たのははじめてとのことだった。

好意的な解釈としては、私の説明が彼女の心を深く打ったというもの。それに感銘を受けて、彼女は自ずと手を差し出したのだ。

一方、左手を意図的に差し出したとしたら、それは彼女の無言の意思表示といえよう。つまらなかった、使っている香水をあれこれ詮索されて不愉快だった、という意味だとも考えられなくはない。

実際のところはきっとそのどちらでもなく、彼女はただその時の気分でそうしたのだと思う。加えて、彼女は左手の握手が敵意を表しうることを知らず、ただ右手に荷物を持っていたからそうしたのだろう。

そんなに考えることの程でもないのだ。

わかっているのだが、ついつい考えてしまう。彼女の握手には、そんな魔力が潜んでいた。


そして、こんなふうにあれこれ考えてしまうのも、きっと彼女が私の一回りも下だったからだろう。同年代の人とだったら、あるいは私がもっと若かったら、ここまで考えなかったはずだ。

そうか、私は歳をとってしまったのか…あの握手は私が、まごうことなき“おじさん”になってしまったことを、思いがけず教えてくれたようだ。若い人が、私の理解の範疇を超えた存在になっていることを、如実に物語っていた。

おじさん、かぁ…もう36歳だもんなぁ…


どこか無機質な彼女の手の感触を思い出しながら、私は今まで感じたことのない静かな高揚感を覚えた。それは「未知との遭遇」によりもたらされるものに程近いような気がした。

そう、私は歳をとったのだ。


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