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2匹のまんまるな羊

父が独り住む家にいく。両親と一緒に暮らしていた頃の荷物がたくさん残っているので回収にきたのだ。

父はいない。よかった。

多少乱雑なところはあるが、思いの外整っている。床の様子を見ると、掃除機はしばらくかけられていないようだ。

母の所有物はまだほとんど捨てられていなかった。私の記憶にある家の中の物量と今のそれはそこまで大きく変わらない。配置が幾分変わったくらいだろうか。

私は何を持って帰るべきだろうか、と思案しながら家の中を歩く。

ふと、旅立つ間際の母の言葉を思い出す。

「私が死んだら、羊を回収してね。裕太には内緒にしていたんだけど、実は羊は1匹じゃなくて2匹いるの。ふふふ」

そうだ、羊を回収しなければ。

彼女にまんまるな羊のぬいぐるみをプレゼントしたのはいつの頃だっただろうか。母はそれを気に入って、とても大切にしていた。

母は私に隠れて、そのぬいぐるみをもうひとつ購入していたようだ。私はそんなことを知る由もなかった。

羊を探す。それはきっと母のベッドの付近にあるはずだ。枕元かな。あれ、ない。どこだろう。

タンスの上に埃を被った羊をようやく見つけた。ただ、その羊は頭の部分がだいぶ禿げてしまっていて、まんまるではなく長い脚が生えていた。

もう1匹は見つけられなかった。


数日前に見た夢をいまだに鮮明に覚えている。私は確かに、父が独り住む家の中を彷徨いながら、2匹の羊を探した。そして結局、禿げ上がった1匹しか見つけることができなかった。

羊は確かに2匹いるはずだ。母は死ぬ間際に、そのことをいたずらな笑顔と共に私に告白した。

もうあれから1年が過ぎているが、私はまだ羊を連れて帰ってこれていない。父の家にいく機会を逃し続けているのだ。


母の一周忌の少し前に父からメールがきた。そこには父なりの後悔の念が綴られていた。彼は自身のことを「ダメな父親」と表現していた。

長いメールの中にはピントがズレた内容も散見されたものの、父の主張は一貫してその「自分はダメな父親」だったように感じた。

そのメールにしばらく返信することができなかったのは、彼が本当に「ダメな父親」だったのかが、私にはよくわからなかったからだ。


具体的なことはあえて記載しないが、たしかに彼は、お世辞にもいい父親でも、そしていい夫でもなかった。

一方でそれは、彼なりの「精一杯」だったのではないか、と今になって私は思う。彼は様々な問題を抱えていて、もっと悪い結末を迎える“シナリオ”だってあったはずなのに、その中では一番いい結果がもたらされる道筋を、どうにかこうにかたどってくれた、というのが実際のところのように感じられるのだ。

もし母がこの意見を聞いたら、きっと不満を漏らすだろう。母は父を恨んでいた節があるから、私が父のことをポジティブに評価することをあまり快く思わないはずだ。そして私も、父に苦しめられた母の前ではそんなことを口にすることすらできない。

ただ私は、今こうしてなんとか楽しく生活を送れているし、父に対して強くネガティブな感情は持ち合わせていない。よって、少なくとも私にとっては「ダメな父親」ではなかったといえる、ような気がする。


それに、私はたったひとつだけだが、父のいいところを挙げることができる。

それは、母のことを一度も悪く言わなかった、ということ。彼が母について語る時、少なくとも私の前ではいいことしか口にしなかった。彼はよく、母のことを「意地悪じゃない」と評価した。稚拙な表現かもしれないが、母のことをよく表していたように思う。


私は言葉を選びながら、上記の私の考え、つまり「父は父なりの精一杯だったと思う」という内容の返信をした。メールをもらってから1週間ほどが経っていたと思う。

数日後にそのメールに返信がきた。短い文面からは、彼が少し安心していることがうかがえた。


さて、そろそろ羊をお迎えにいく頃だろう。夢の二の舞のにならないよう、まんまるな2匹をしっかりと見つけなければならない。


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