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ビジネスクラスに乗る日

上海の浦東空港からパリ行きの飛行機に乗り込んだのは夜11時半過ぎだった。中国東方航空のスタッフは、搭乗を効率化したかったのだろう、優先レーンの他に、エコノミークラスは座席番号が60より前と後の2つの列を作らせた。ただし、列の先頭に置かれたそれを示す小さな立看板に対し、列が長すぎた。後ろの方になればなるほどそれを見て列を作っている人はほぼいなかったようだ。私が並んでいた、本来であれば最後に搭乗する予定だった60より前の人の列も、私たちのそれよりも圧倒的に長い60より後の列を見て、標識に従うことのばかばかしさに気付き、結局は60より後の列に割り込むかたちで搭乗した。

エコノミークラスの座席はビジネスクラスエリアを通り抜けたところにある。ひとつひとつの座席の空間がある程度区切られているビジネスクラスの席は3分の2ほどが既に埋まっていた。押し合いへし合いしながらエコノミークラスに向かう私たちの列とは対照的に、そこに座る彼ら彼女らは、のんびりとスマートフォンを眺めたり、円筒形の小さなグラスに入った色のついた飲み物に軽く口をつけたりしていた。

エコノミークラスの座席番号は30から始まっていた。私の座席番号は40で、機体中央の4人掛けの列の中、両隣に人がいる場所にあった。スーツケースを上のキャビンに入れて、先に通路側に座っていた女性(読んでいる本に書かれた文字から推測するにベトナム人)に声をかけて立ってもらい、自分の席についた。エコノミークラスの搭乗はまだ始まったばかりのようで、多くの人が私の左右にある通路を抜けて奥の方へとバタバタと進んでいくのを、私はなんとはなしに観察することにした。

ヨーロッパ系の顔立ちは3分の1もいなかったように思う。聞こえてくる言語はほとんどが中国語だった。時々聞こえてくるフランス語は、アジア系の顔立ちの子供たちからのものが多かった。春節で帰省していたフランス在住の中国人家族だろう。

私の何列か前で、中国人の中年男性が席につかずに、キャビンに入れる荷物の“交通整理役”をかってでていた。荷物をキャビンにいれようとする人の手伝いを、奥に向かう人の流れに逆らいながら行っていた彼の仕事が、どこまで有益なものだったのかは私にはよくわからなかったが、彼の顔はなぜか使命感に溢れていた。手の甲で額を拭う仕草をした時なんかはもはやヒーロー気取りだっただろう。

CAさんはCAさんで大声を張り上げながら着席させようとしていた。本来であれば60列以降の後部座席の人たちが搭乗し、その後に続いて前の座席の人たちが乗る予定だったのに、それが完全に崩れてしまったことで焦っていたのだろう。かわいそうに。看板を立てるところまではよかったが、それをきちんとアナウンスしてコントロールしなければならなかったのに、それを誰もやっていなかったのだ。次回以降の教訓にぜひしていただきたい。

かなりの座席が埋まってきたその時、その彼に向かって、中国人のおばさんがすごい剣幕で怒鳴り出した。きっと荷物のことで何かトラブルがあったのだろう。中年男性はあたふたしながら、なんとか解決策を見つけようとしていた。最終的にはビジネスクラスのキャビンに荷物を収納することができたようで、おばさんはご満悦、彼に向かって親指を突き立てていた。


深夜便だったこともあり、疲れていた私は離陸前に眠った。どのくらいの時間が経ったのかはわからないが、機内食の配膳が始まったタイミングで目が覚めた。シーフードライスかポークパスタか選べといわれた時、前回の中国東方航空のフライトでシーフードライスを選んだらエビのお粥が出てきたことが頭によぎり、ポークパスタを選んだ。私はあまりお粥が好きではないのだ(今回はどうやらお粥ではなかったようだ)。

くたくたに煮た豚の脂身を口に含みながら、私はいつかビジネスクラスに乗る日がくるのだろうか、と考えてみた。まだ人生でビジネスクラスに乗ったことはない。安い経由便を血眼になって探すレベルだ。

ビジネスクラスに乗るためにはふたつの条件が必要だ。ビジネスクラスに乗れるだけの経済的成功と、ビジネスクラスに乗るという選択だ。

前者に関しては“神のみぞ知る”ことなのであえてここでは議論しないが、後者についてはどうだろう。

私は普段、あまりタクシーに乗らない。たまに臭いがひどく気になる車両にあたってしまうのが嫌なこともそのひとつの理由だが、それ以上にそこにお金を払うことに大きな価値を見出せないのだ。もちろん、便利だし楽だし、助かることも多々あるが、少なくとも日常使いするものではないように感じている。あるいは、バスや電車での移動が相対的に好きなことも、その理由のひとつかもしれない。

そんな私が、主に快適さのためだけに大きな金額を払うのかは、正直なんともいえない。確かにビジネスクラスに乗ればエコノミークラスの“喧騒”からは離れられるだろうが、高々12時間程度のフライトだ、我慢できないことはない。そもそも、私は普段からエコノミークラスでわりと快適に過ごせている。とりあえずは“間に合っている”のだ。

とはいいつつ、きっとビジネスクラスはそれに乗ったことのある人にしかわからないものがあるのだろう。快適さ以外にそこで私たちを待ち受けるものはなんなのだろうか。人との出会い、上質で生産的な時間、あるいは優越感やステータスかもしれない。

「子供たちと一緒の時はビジネスクラスに乗らない」と発言したフランス在住のとある日本人有名人が、何食わぬ顔で子供たちと一緒にビジネスクラスにいるのを目撃した、という話を聞いたことを思い出した。フランスではお金持ちが無闇にお金を使うのは“はしたないこと”だとされている、という趣旨での発言だったようだが、その方はその発言を“嘘”にしてでもビジネスクラスに乗りたかったのだろう。そう考えると、そんなにビジネスクラスは魅力的なのか、と逆に期待してしまう。


ここまで書いた内容を機内でまとめる前に、少しだけ仮眠をとろう、と思い、下膳を待ってから目を瞑った。

目を覚ました時、機内は明るかった。前のモニターに目を向けると、パリまであと2時間半とのことだった。

8時間ほど連続で眠っていたことになる。非常に快適なフライトだった。

そんなわけで、私にはしばらくはビジネスクラスは必要なさそうだ。


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