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白いフラミンゴの私

土曜日の午前中、私は仙台藤崎のポップアップイベント「KAORI LOVER」の店頭にいた。

その朝はどういうわけか、他のブランドには人が入っているのに、çanomaのブースには誰も立ち寄ってくれなかった。午前中の1時間半、結局一度も接客することはなかった。

何が悪いのだろうか。とっかかりのないニュートラルなデザインのせいか、香りを簡単に試せるテスターを置いていないせいか、それとも私の80年代の香港マフィア風の服(メガネはMASAHIRO MARUYAMAの赤いもの、シャツはUMA WANGの花柄、パンツはANSNAMの黒のフレアパンツ、足元はPOST PRODUCTIONの白のTear pumps。ちなみに今日のコーディネートはこちら)と髭のせいか…あれこれ考えたが、きっと全部なのだろう。

そもそも、お客さんが立ち寄らないことは悪いことなのだろうか。それすらもよくわからなくなってしまった。ブランドを立ち上げてこのように店頭接客をするようになって4年が経つが、いまだに接客の正解がよくわからない。


ただ突っ立っていても無駄なので、私は私の中の方に潜ることにした。


自転車に乗っている。最近購入したTREKの黒いロードバイクだ。何もない空間に真っ直ぐの道。私は自転車と私を遮る障害物が何もないことを知っている。ロードバイクにしては太めのシフトレバーに視線を落としてただひたすらにペダルを回し続ける。

「シー」と「コー」の中間のような音がする。これはカタカナで表記されなければならない類の音だ。その音を聞きながら、私は「富士山が日本一」であることを知ったのはいつのことだったかを思い出そうとしている。

幼少期を過ごした八王子の公団住宅からは晴れた日に富士山がくっきりと姿を表した。その白い三角形よりも、目の覚めるような空の青の方が印象に強く残っているのはどうしてだろうか。

はじめて家のベランダからその青の中にある白の三角形を見た日のことを、昼下がりの刹那の転寝の夢のように覚えている、ような気がする。母が私にその名を教えてくれたが、それが日本で一番の標高を誇るものであることまで告げてくれたかどうかがどうしても思い出せない。その部分は、花から花へと舞う蝶を素手で捕まえようとするように、するすると記憶の網目から擦り落ちてしまう。

富士山を中心とした青の景色がだんだんと変化し、楕円形の浅い湖のある砂漠の風景となった。湖には左脚で立っているフラミンゴの群れの全員が、私から見て右側を向いて立っている。皆微動だにしない。湖の上の空には、アンリ・ルソーの絵で出てきそうな、嘘みたいに大きな三日月。よく見るとフラミンゴ以外の風景は全てタッチがアンリ・ルソー風だ。

フラミンゴの群れの手前に、1羽だけ白いフラミンゴがいることに気づいた。そのひとりだけが右脚で立っていて、左側を向いていた。身体は他の個体より一回りか二回りほど小さく、落ち着きがなかった。


それが私であることに気づいた時、私は我に返った。どのくらい自分の内側に潜っていたのかはわからないが、阿片を摂取したときのような(もちろん摂取したことはないが)冴え渡った浮遊感にしばし、あるいは刹那、酔いしれていたようだ。

私はこの情景を、早くnoteにしたためたい、と思った。そうしないと、また私はきっと自分の中に潜ってしまう。これを書き上げることが、それを阻止する唯一の方法なのだ。

賑わうイベントをひとりこっそり後にして、ランチをとりながら30分ほどでこの記事を書き上げた。ようやく私は落ち着きを取り戻した。

さあ、そろそろ仕事に戻ろう。残り7時間、どれだけ人が来てくれるかはわからないけど、私の役割は、興味を持ってくれた人にきちんと説明をすること。それさえできれば、その人数は売上というのはどうでもいいのだ。

なぜなら私は白いフラミンゴなのだから。


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