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プライドのかけらもない

朝9時半にパリに着いて、そのまま調香師のアトリエに向かった。11時半に到着して、ランチを挟んであれこれミーティングをしていたら夜8時になってしまった。

話すネタは尽きなかった。様々な香りを試しながらだったので、終わった後はどっと疲れが襲ってきた。

その中で印象的だった話をひとつ、今日は書き記したい。


調香師がとある香水の復刻版の作成のためにその香水のブランドに呼ばれた時のこと。ブランド側のリクエストは、80年代に出たその香水に近い形を保ちながらも、全体的にはモダンな香りにしてほしい、というものだった。

調香師はその香りの一番大きな特徴を殺さないようにしながら、その中にモダンさを取り入れていった。その時に制作した香りを、私もいくつか試したが、その意図はかなりのレベルで成功していた。それに、そもそもその80年代に出たオリジナルは、そこまで時代遅れでないようにすら感じられた。

調香師とブランドのディレクターは何度もミーティングを重ねたが、結局ディレクターは首を縦に振ることはなかった。その評価は一貫して「十分にモダンじゃない」だったらしい。

最終的に違う香料メーカーの調香師がこのプロジェクトを勝ち取ることになる。その香水を最近調香師は入手したのだが、それを嗅げば嗅ぐほど、なぜこの香水が選ばれたのかがわからなくなったそうだ。

その理由は、主に3つ。1つはそもそもそこまで完成度が高くなかったこと、1つはモダンですらなかったこと、そしてもう1つはオリジナルからほど遠かったこと。

なぜこの香水が選ばれたのかは謎だが、逆にこれが選ばれたということは、自分の作った香りが選ばれないことは明白だった、と調香師。

私もオリジナルの香水、調香師が作成した試作、最終的に選ばれた他の調香師が作った香水、と全て試したが、調香師と同じ感想を得た。どういうプロセスを経たらこの香水が選ばれるのかが全く理解できなかった。


香りの完成度は一旦置いておくとしよう。オリジナルからも遠く、かつモダンでない当該香水をローンチする意図は、きっとディレクターがそれが売れると踏んだからだろう。オリジナルを踏襲するのであれば入っているべき要素がいくつも欠落していたし、全く新しい香りを作るならば復刻版にはしなかったはずだ。

裏を返せば、全く新しい香りを出すというのはマーケティング的に“弱く”、しっかり作り込んで売っていくほどの体力も自信もない、だからとりあえず「復刻版」という形でお茶を濁して中身はマスっぽく“いい感じ”で、ということなのだろう。ブランドは調香師にはあえてそのあたりは説明しなかったが、そういったブランド側の“ごにょごにょ”を汲み取った調香師がプロジェクトを勝ち取った、ということなのだろうか。

この出来事は昨今の香水市場をよく表しているように思う。気合を入れて新作を作る合理性がなく、香りはトレンドをなぞり、復刻版やらフランカー(オリジナルからちょっとだけで違うバージョンのこと。例えばChanelの「Chance」に対する「Chance eau tendre」のようなもの)やらで取り急ぎニュースを作っていくことで、一時的な売上を確保していくのだ。それはニッチなブランドにしたってさして変わらない。とってつけただけの歴史的背景に、トレンドを追いかけただけのコピー品…そんなものばかりになってしまった。

もはやプライドなどかけらも残っていないのだろう。彼ら彼女らの興味関心は、目先の売上のみになってしまった。売上を立てることは大事だが、失ってはいけないものまで簡単に手放してしまったのではないだろうか。


そんなマーケット環境で、1からクリエーションをして、新しい香りを追い求めることはもしかしたらアホの極みなのかもしれないが、私はまだ売上という悪魔に魂を売るには早すぎる、と思うのだ。私にもまだプライドがあるし、香りの作り手として一番楽しい部分を、私はみすみす手放すことなどできないのだから。


まだしばらくは、プライドをもって仕事をしようと思う。


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