🍥名刺の燻製🍥
創作大賞2024の中間審査を通過した🍥ロースハム🍥は、残念ながら受賞に至らなかった。
残念とはいえ、中間審査を通ったレシピ部門の面々はスゴ腕の料理人、あるいは料理研究家ばかりだったので、週末燻製家の私としては「そらそうだわな」というのが率直な感慨ではあった。
ただ、エッセイ部門に応募した「自分が審査員だったら間違いなく選出する」くらいの温度で仕上げたいくつかのエッセイが、中間審査にすらカスらなかった。これは鼻から脳髄がボンジョールノするほどの悔しさだった。
中間発表のエッセイ部門選出作品を何度見なおしてもユウスキンの名が浮かび上がってくるはずもなく、その翌日未明──つまり丑の刻に、白装束を羽織って頭に五徳をはめ三本の蝋燭をたてて火を点け「no+e」と書いた紙を詰めこんだ藁人形に、錆びた玄能で「殺」などと叫びながら神社の御神木に五寸釘で打ちつけたのだった。
嘘である。
そんなことで恨みをこじらせて丑の刻参りへ赴くほど私はヒマではないし、トイレに起きた娘が頭に三本の蝋燭を灯した白装束の父を発見したら、一生モンのトラウマを背負うことは必至だ。
アホの刻参りはさておこう。
それにしても──創作大賞の期間は本当に楽しかった。
創作大賞以前から「食をテーマに、くだを巻いて煙に巻く」というコンセプトでエッセイを書いていたので、基本的にやることは何ら変わらない。しかし「作品を審査される」という条件が加わるだけで、料理や写真撮影、エッセイを書く気持ちにハリがでた。ハリがでたら妙にウキウキとして、あらぬ時間に燻製をはじめ煙を撒き散らし、近隣に迷惑をかけたりもした。
受賞には至らなかったが、面白い表現の場を設けてくれたno+eにありがとうと言いたいし、晴れて受賞となった表現者たちに、心からの祝福を申し上げておきたい。
こんちくしょう
中間審査を通過した際に、授賞式へ行ける可能性も見越して名刺を作ることにした。
前述のとおり、授賞式に行くことは叶わなかったが、せっかく作った名刺だ。ゼヒご覧いただきたい。
名刺に使うイラストの候補がふたつあって、ひとつは妻がケーキ屋に依頼したバースデーケーキの原画だ。
彼女の目に「私はこう映っているのか」と戦慄したが、あらためて鏡を覗くとそこにはイラストと「ほぼ同じ顔」がいて合点がいった。
蛇足だが、私の誕生日が近づくと妻が嬉々として私のデザインを持ち込むので、このケーキ屋に行くと「あ、ケーキの人だ」などとコソコソクスクスとカウンター内が騒めく、といった珍現象が起こるようになった。
いま、世界は混迷し分断の危機に瀕しているが、私の顔面も分断されている。
それも、毎年だ。
そして、これはギター奏者でありリペア職人のオカモトくんが、燻製のお礼に描いてくれた私のイラストだ。オカモトくんの粋なプレゼントに喜びつつ、イラストをみて、私は確信に至った。
私 は こ う い う 顔
──だということを。
発注して間もなく、名刺の完成品が届いた。
ご覧の通り、オカモトくんのものを表に採用し、裏には各情報とともに妻のイラストを使用した。
──なかなか良い名刺じゃないか....
しげしげと名刺を眺めていると、悪魔が私に囁いた。
燻
し
ち
ま
え
よ
──と。
そうだ....私は燻製家だ。
たとえ──それが食材ではないとしても──
燻製をせずにはいられない。
思い立ったらすぐに狼煙を上げるのが燻製家という生きかたであり、ひるがえれば宿痾とも言える。
まずは燻製器に名刺を並べ、通気口を全開にして60℃で1:00ほど温熱乾燥にかける。名刺なんて最初ッから乾いているが、そんなことは問題じゃない。これは燻製は燻製でも──儀式にちかい性質の行為だからだ。
山桜にヒノキ、ヒッコリーといった香りが強めの燻製材に泥炭を加え、チップを交換すること3回。計2時間ほどの燻煙にかけた。
ムラのない色づきの仕上がりで、濃密な燻香をたたえている。
おお──最高じゃないか....
褐色の名刺、その燻香を胸いっぱいに吸い込み、貯蔵庫の奥に隠しておいた1945年のロマネコンティ──そのコルクを引き抜いて、ロブマイヤーのワイングラスに勢いよく真紅を注いだ。
嘘である。
ビンテージのロマネコンティなんてウルトラ高価な酒が並ぶ貯蔵庫があるような邸宅に住めるなら、燻製家という肩書きをポイっと放り投げて、なんというか──伯爵を名乗るだろう。ユウスキン伯爵だ。老執事を雇って、妻にはカボチャのようなドレスを着せるのだ。娘がロブマイヤーのグラスを割っても「形あるものは──いつか壊れるのだよフォフォフォ」などといった、異様なまでの包容力を炸裂させるユウスキン伯爵なのだった。
薄弱おつむの伯爵はさておこう。
燻製の出来には満足したものの、同時に「渡す機会がない」といったおそるべき事実を思い出し、たちまち空虚感が私を襲った。
──いや──私には、家族がいるじゃないか──
おうい、と娘を呼んで「これな〜んだ」などと言って名刺を渡すと、間髪を入れずに「あ、父ちゃんだ」と答えた。
──くんくん嗅いでごらん
促すと、彼女は「おいしそう」と言った。
妻にも嗅がせたが、彼女も「おいしそう」と言った。
あらためて私も名刺を吸い込んで、言った。
──おいしそう
──と。
授賞式で配りにくばって関係者の名刺入れをスモーキーにする「煙テロル」を企てていたのに、残念ながらそれは我が家の棚で静かに燻っている。
これはもう、ユウスキン伯爵が生き霊となって、この記事を読んだ方々の夢枕に訪れ、そして配るほかなさそうだ。
ふと目醒め、あなたの枕元で燻香が揺れていたら、枕の下を見てほしい。
そこには、褐色の名刺が──
──あるのかもしれない。
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