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🍥燻製冷や汁🍥
家族との時間もそこそこに、持ち帰った食材を次々と燻製にして憚らない私である。そろそろ妻の堪忍袋の尾が切れ、冷や飯を食わされる日も近い、そんな予感があった。
冷や飯を食わされるのならば、そこに冷や汁をぶっかけて美味しくいただいてしまおう。それが、冷汁掛飯者の心構えだ。そして、煙で生じた因縁すらも煙に巻こうと試みる。それが燻製家という生きかたである。
ところで、冷や汁とは「ざっかけないメシ宮崎県代表」といったところの、平たく言えばB級グルメ、丁寧に言えば郷土料理だ。
冷や汁、と聞くと東の人間としては馴染みがないが、乱暴に言ってしまえば味噌汁に毛が生えたようなものだ。
味噌毛汁とは、いささか無礼で品のない喩えのような気もする。ここは、毛が生えたと評した責任を取って、味噌汁に生やした毛を説明しよう。
壱の毛 ほぐした焼き魚を入れる
弐の毛 きゅうりと薬味を入れる
参の毛 胡麻を擂って入れる
肆の毛 味噌を焼いて入れる
伍の毛 材料を煙に巻く
以上が、味噌汁に生えた毛だ。しかし、こうして箇条書きにしてみると、5本の毛とはいえ結構な量感がある。そして「肆」が読めない。「肆拾分後にモアイ像前で」などとメールが来ても理解不能だし、そんな不親切な文を送ってくる人物とは距離を置きたいものだ。
肆の伍の言うのはこの辺にして、早速作っていこう。
【材料】 3人前くらい
・冷やした出汁 5〜600ml
・焼いたみそ 80グラム程度
・白ゴマ 大さじ1〜2
・アジの干物 2〜3枚
・豆腐 半〜1丁
・きゅうり 1本分
・大葉 10枚〜
・みょうが 3本
・白ねぎ 半〜1本
下準備
・きゅうりを小口切りにし、塩小さじ1/2を振って揉み込んで両手で力いっぱい絞って水分を出しておく
・ねぎ、みょうがは小口切り 大葉は細切りにしておく
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まず、出汁をとって冷やしておく。出汁は鰹でも昆布でも、顆粒出汁でも良い。干物をたっぷりと入れるので、何なら出汁を取らなくたって良いかもしれない。
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次に、味噌とアジの干物をローストも兼ねた熱燻にかけていく。燻製の大敵である結露防止のため、軽くオーブンで温めてからの燻製だ。ちなみに、味噌は妻の手作りをこっそり拝借してバーナーで焼いたものだ。因果応報というものがあるならば、妻の味噌を火責め煙責めの憂き目に遭わせた私の地獄行きは必至といえる。
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ちなみに、今回は長谷園のいぶしぎんという熱燻用の土鍋燻製器を使用した。食材がふっくらとローストされるし、何よりも煙の漏れが少なめなので台所でも使用できるのが嬉しいところだ。
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燻製後、粗熱をとったアジの骨を除き身をほぐす。さらさらと食べるものなので、万が一骨がノドにつかえたら事だ。ここは家族の安全のために骨惜しみせずに、骨が折れる作業だが、骨々と骨々を取り除いていこう。
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これで下ごしらえは完了、と思いきや、冷や汁スタメンの豆腐を忘れていたことに気がつく。角に頭をぶつけて死んでしまうために、豆腐を買いに走ったことは言うまでもない。
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続いて、ゴマをあたる。ざっくりと半分くらい擂れていれば充分だ。蛇足だが、このゴマはサクラやヒノキの香りの強い燻材で強烈に香り付けしてある。ゴマの燻製は薬味からお菓子まで、色々と活躍してくれるのでオススメだ。
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「出汁をツツー胡麻がザザーやだなーこわいなー」
などと呟きながら出汁を注ぐのが稲川淳二信奉者の作法である。冷や汁が出来上がるまえに、怪談で暑気払いの口火を切っておこう。
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味噌を投入して溶くと、日本人の琴線にビシバシと触れる香りが漂ってくる。率直に言って、この汁の海を泳ぐ具材たちに私は嫉妬のこころを禁じ得ない。
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妬み嫉みで絡まり合った薬味たちを菜箸でやさしくほぐしていく。
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最後に、豆腐を入れる。スプーンですくっても、さいの目に切ってもいいはずが、冷や汁に限っては手でちぎり入れたくなる。グズグズに崩れた豆腐が汁を漂う姿は妙に艶かしく、何とも食欲をそそられる。
いますぐ飯にかけたいところだが、ぐっと堪えて冷蔵庫で冷やしなおす。少し濃いめに作って、かちわり氷を入れるのも夏に映えるかもしれない。
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完成したそれは、無秩序を絵に描いたような──なかなかに混沌とした見てくれだが、たちまち唾が湧いて胃が唸り、飯へ向かうお玉を持つ手も震えだす始末だ。
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さらさらと食べはじめたものの、やがて我を忘れてザバザバとかき込む。
なんという──うまさなんだ...。
暑さで減退する食欲とは裏腹に、日に日に酒量は増えて内臓が弱っていくばかりだったが、冷や汁がすべてを癒し、胃にほんのりと火がともった。ひと口、またひと口と、食べるほどに空腹になる気さえする。
うまい汁のしみ込んだ米を飲み込む快感に、「節度」や「思いやり」といった大切なものを見失って、妻の食べるべき領域にまで手を伸ばす、という禁忌を犯してしまった。
げに恐ろしきは、食べものの恨みである。
機嫌を損ねた彼女との間に、よろしくない雰囲気が漂ってしまった。
冷汁掛飯者たちによる、冷や汁冷戦の勃発であった。
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