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経験値

人生で五本の指ぐらいに入るかもしれない映画がある。

ベンスティラー主演の「LIFE!」はボクにとっての最強だ。

映画は冴えない中年男性で物語が始まる。後半に進むほど主人公のミティが中身を成長させて帰って来る、そんな作品になっている。

どうしてなのか、今でもなお主人公のウォルターミティに惹かれてしまう自分がいる。

思い返せば思い返すほどあてはまるものがない。

理屈で探すよりも、もっと違う何かがある。

そうか、ボクはあの頃も今も、ずっとウォルターミティだったんだ。

旅する理由

2016年、ボクが「LIFE!」を観た年。大学を卒業して、大体のことが一人でできるようになってきた頃だった。

何事にも広く浅くがモットーのボクだから、住んでいる静岡で消化できないフラストレーションを探求心に変え、東京でぶつけることがある。

出会うお店も人も物も、確率・可能性においてボクを満足させてくれる場所だ。

別に、東京が特別な存在だからで、東京に行けば勝手に有名になれるとか、そんなファンタジーを語りたいわけじゃない。

ボクは、まだ観たことのない景色を思う存分に見せてくれるから東京がスキなんだ。

「もしその瞬間が僕にとって貴重な瞬間なら、カメラに邪魔されたくない。その一瞬を大切に味わう。今を楽しむんだ。」
ショーン

ウォルターが”ココ”ではない”どこか”へ飛び込むあの瞬間に、ボクは”分かる!”なんて喜びを爆発寸前だった気がする。

あぁ...人なんだな。

とは言っても、結局は最終的に全て「人」に落ち着くわけで。

その「人」も当たり外れみたいなもんがくっ付いてきて仕方ない。

よく言うが、東京はコワい所だ。確かにボクも何度かコワい目に遭った。知らない人にホイホイついて行ってしまったり、軽い二返事で危ない人生を送るはめになりかけたこともある。

それもそうだ。人と会う確率が増えればそれだけリスクも増える、当然のことだ。

だがしかし、そうは言ってもリスクを避けない生き方だけがボクの背中を押す。人によっては危ない生き方だと思われがちで、あまり人に勧められない生き方だ。

その生き方をしてもう27年目になる。どこがどう危ないんだろうか、ボクはこうして今も生きている。むしろ生き過ぎているとさえ思っている。

コロナがなんだ、お金がなんだ、上司がなんだというんだ。全てを思うままに生きることができるのに。もっとわがままになれるのに。

「君は外部からやってきた社員の首を切った。
標語を信じ命がけでライフを作った人たちだ。
君は上の命令に従ったんだろうが、嫌な奴にはなるな。
そんなのは額に入れて飾っとけ。」

ウォルターミティ

答えは

とやかく言っても仕方ない、どれだけ言葉巧みに説明しようが最後の一手は受け手のあなたが決めることだ。観るも観ないも勝手だし、ボクに何の意味もなさない。

この映画をあなたが観たところで、人生を変えるほどの影響力があるのかすらもボクには分からない。

もし仮にあなたが観たとして、誰かに話したくなるぐらいステキな内容だったとしても、明日になればきれいさっぱり忘れてる可能性だってあり得る。

答えは分からない、観た人だけが真実にたどり着ける。

忘れてほしくないのは、答えを追い求めないこと。ボクが言えることなんかじゃないけど。

いつだって気づけばそこに在るものだから。



To see the world
Things dangerous to come to
To see behind walls
To draw closer
To find each other and to feel
that is purpose of life

世界を見よう
危険でも立ち向かおう
壁の裏側を覗こう
もっとお互いを知ろうそして感じよう
それが人生の目的だから

LIFE誌の社訓

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