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交差点/ショートショート#BEATZONE

【522】

雨上がり晴れた午後。
やけに埃っぽい空気はこの時期特有か。
取引先へは駅から北へと10分ほど歩く。土日も関係なく忙しくすることは慣れていたが、どうしても週末の賑わう街中をスーツ姿で歩くと周囲が恨めしくもなる。

汗を拭う。6月にもなると湿気が纏わりついて体が息苦しくなる。もわっとした空気が車が通りすぎる度に巻き上げられ風になる。

スクランブル交差点で立ち止まる。
向こう側で見覚えのある女性の姿を見掛ける。隣にはボクが知らない男性が一緒だ。
楽しそうにその彼と笑いながら話す姿を見つけると目が離せなくなっていた。
君はボクに気付いていないけれど。

◇◇◇

新車を購入したのは社会人2年目のとき。思い切った買い物をしたものだ。
あれほど自動車学校を卒業するまで苦労した苦い思い出も、免許を取ってしまえばどこ吹く風か。

白のホンダ車は周囲ではあまり見掛けないSUVを選んだ。それがやけに誇らしくて休みの日はあてもなく東へ西へと走らせる。
友達を乗せてドライブに出掛けたり、”慣らし”と言う名目で「付き合ってやるよ」と悪だくみした会社の先輩の脚になったことも何度かあった。
2年目の社会人生活はそうしたことで楽しみが出来て、ちょっと世界が開けて見えるようで19歳にしてなんだかやっと大人に近付いた気がしていた。

1年前入社した同期はボクを除いて全員で3人。
製造業の現場は僕1人で、あとの女性社員はみんな別々の部署ではあるが事務所の配属になった。
入社式に揃ったときに2、3交わした会話で聴いた声も今じゃ思い出せやしない。
高卒のボクとは違って少し遅れて入社して来た女性が1人いた。それが美奈子だった。



ボク達が初めて顔を合わせたのは大卒社員の美奈子の入社に合わせて開かれた新入社員の歓迎会のとき。
大勢の先輩に囲まれながらぎこちない挨拶を順に済ませる。新人は別々の席に座り、各々の先輩たちと「乾杯」と何度もグラスを合わせた。

高卒18歳で入社。
未成年の乾杯だったけれど、お構いなしの時代。
30名以上いる参加者の顔と名前を覚えるには免疫のないアルコールは多すぎて「えぇーっと…あぁ、ごめんなさいもう一回教えてください」こんな会話の繰り返しになる。

座敷の居酒屋で所狭しと移動していると、小さな顔を真っ赤にして笑っている女性を見掛けた。それが美奈子だ。
君はボクよりも年上と言うだけあって大人びていてお酒を呑むその姿も様になっていたから同期と言えども話し掛けることに躊躇った。

君はカジュアルなファッションが好みらしく、このときもTシャツにデニム、足元はジャックパーセルを履いていて個性的な迷彩のジャケットをアウターに着ていた。

「大竹です。酔ってます!宜しくお願いします」
「大丈夫ぅ?未成年~」君が返す。
「わかんないですけど大丈夫です!」
「なんだそれ!まぁ宜しくお願いします」
「乾杯!!」ボクと君でグラスを合わせる。
真っ赤な顔のこぼれ落ちそうな君の瞳は透き通るビー玉みたいに綺麗で、酔いのせいか潤んで見えた。

週明けの月曜、出勤のバスで美奈子と同じになった。
いや、実際は少し前から一緒になることはあったのだけど、会話したことがなかったせいで同期なのかすらわからなく声を掛けるのは遠慮していたのが正直なところ。
歓迎会のときに見掛けた迷彩柄のアウターが目に留まり自然と声を掛けた。

「おはようございます~」
「あ、おはよう~!あれからちゃんと帰った?だいぶ酔ってたじゃん」
君はボクが年下と知っているから話し方が最初からカジュアルだった。
それがボクは嬉しくて話しやすくさせた。
「いやぁ安藤先輩に送ってもらったんですよ。御礼しないとまずいよね」
「それはそうだね。ちゃんとしないと!」
「美奈子さんって服装いい感じですよね」
思いのまま単純に褒めた。
本当は男性のこぶし大ほどしかなさそうな小顔も綺麗な瞳もスレンダーなスタイルも褒めたい気持ちだったけど、さすがに身なりをくまなく褒めるのは抵抗がある。
「本当に?それは嬉しいよ。ちょっと男っぽいって思われそうだから」
自嘲気味に答える。
「いや、僕もアメカジ好きだしデニム似合う女性っていいと思うな」
異性として意識していた訳じゃない。そんな思うままの雑談を乗せてバスは走った。

それから定刻通りに駅前のバス停に行ければ君はいつも同じ時間にいたので会う機会も多くなった。
君はどうしたって男性からモテるタイプの女性で、入社してから何度か先輩社員から「美奈子ちゃんと繋いでくれよ」と依頼され、その度に君にメールを送る。
こっちとしては先輩からの依頼でイヤとも言えないし、ボクは君と話すのは楽しかったから双方のやり取りを引き合わせる役目を担うことが増えた。
君は不思議な女性でそんなアプローチぐらい上手く断ればいいのにしっかりとデートに行くようにしていたが、けっして付き合ったりしなかったし、きっと"その場の流れで”みたいなこともなかったはず。
魔性の女ってこともなく、嫌味のない女性。
次第に年齢差も気にせず話せるようになるにつれて、毎朝顔を合わせる君のことを気にならない状態を維持するのはちょっと難しくなってきていた。

ボクが車を購入したことで通勤がバス通勤から車通勤に変わり、美奈子とは会う機会が減ってしまった。
あるとき偶然社内でバッタリ会ったときに
「最近はバスじゃないの?」と君から聞いてきた。
普段髪をまとめている君はその日はその髪を下ろしていてメガネをかけていていつもと雰囲気が違いドキッとさせた。
「あ、うん。車買ったんだ。今は車通勤になってね」
「そうなんだ」
え、残念そうにしてる?そんな気がした。それはボクの勘違いだったのかも知れないけど。
「そうだ!今度、朝ボクが駅まで迎えに行ってあげるよ」
随分と思い切ったものだ。これはなんの誘いだろう?デートじゃないよな。送迎担当を名乗り出たのか?
「へー、いいね!お願いしようかな」
ちょっと悪戯っぽい返事が君から帰って来る。「OK!それじゃまたいつにするか決めよう!もう仕事戻るよ」
「わかったよ。お願いします」
ぺこりとその小さな頭を下げお辞儀する素振りをする。やめてよ、そんなことしたら好きになっちゃうじゃん。

「来週の月曜日の朝お願いしてもいい?」と君からメールが届く。
返事なんて決まっていたから
「もちろん!7:30に駅南ロータリーに迎えに行くから待ってて」
送信ボタンを押すときには胸の鼓動が勝手にそのボタンを押してしまわないかと思うほどに高鳴る。

土日は洗車をして、車内もいつも以上に片付けて君が座るであろう助手席は特に綺麗にする。BGMは何にしよう。
どんな曲が好きだろうと悩む。てっきりデート気分にでもなったのだろう。
結局朝から聴くならゆるやかな洋楽にしようとジャミロクワイをチョイスした。

「おはよう~!お待たせしました!」
約束の時間に君の待つ駅南のロータリーに車を止める。
「おはよう!宜しくお願いします~」
あのときと同じようにぺこりとお辞儀をしながら助手席に乗る。

”本当に美奈子さんが助手席に”なんて思うともう緊張感が空回りし始める。
「広いね!しかも綺麗にしてるじゃん」
そう言って車内を見渡す。
「そうだね!運転もしやすいしお気に入りですよ!ちなみにちょっと緊張してますんで」
と漏らす本音。
「緊張して事故られても困るからしっかりね!」と君が微笑む。
仕事前から君のその笑顔を一人占めできるなんて贅沢な朝があるだろうか。
「も、もちろんですよ!」

駅からは10分程度の道のり。かつて一緒にバスで話していた他愛のない会話の時間が甦る。
なんならこのままどこかにドライブしたいぐらいだ。
このタイミングを逃したら二度目なんてないんじゃないかと思いながらその10分に永遠を感じたいとすら思った。
会社が近付いて来る。
「あのさ、美奈子さん。また駅まで迎えに行けるけどどうする?」
行けるけど、ではなくて本当の言い方をすれば《行きたいけど》だ。
「え~悪いなぁ」
さすがに君も遠慮がちになる。
「いいって!そのためにこの車があるんだからさ」
あからさまな嘘だ。調子が良いにもほどがある。
「ふふ。じゃあ、またお願いするよ」
その返事をするぐらいには会社の手前まで来ていた。
「じゃ、先に行っていいよ」と君を車から降ろす。

指折り数えるほどだったけれど、ボクは君を迎えに朝方の駅南のロータリーへと何度か車を走らせた。

毎回毎回前の日の夜は確認のメール入れて、そうしながらBGMを選ぶ、そんな時間が好きだった。
ボクは本当ならそこからの先を意識しても良かったはずなのに、どこか遠慮していたのか”送迎役”のポジションに満足していたのかも知れない。
君は君でボクに対してそれ以上求めることはなかったし、一線を越えるにはもどかしい助手席と運転席の距離感だけがそこにあっただけ。

君は別に思わせぶりな態度を取っていたわけではない。ボクも不要なまでに節度ある”同期”としての立ち位置を守りたかったのかと思える。

そんなことしている間に君は社内の男性と交際をはじめた。
そうやって僕はまたただの同期にと逆戻りさせていった。
確かなことがある。

それはまだ好きになる少し前だったってこと。

もう随分と前のこと。同期は1人、また1人と辞めていき、ボクもそこからいなくなった。

◇◇◇

信号が変わり人波が一斉に動き出す。

雨上がりの空から射す光はまるでスポットライトの様に君を照らす。
「乾杯」とグラスを交わした君の姿や、助手席に乗り込むときにぺこりとお辞儀をする君の姿とは変わっていて。
あの頃は見掛けなかったまっ白なワンピースをさらりと着こなして彼の腕に手を回し歩き出す。

向かい合う雑踏はやがて急ぎ足で、二つの足音を包み歩き始める。"後悔したいぐらい"綺麗になっている君の聞き覚えのある声がボクの体を突き抜けていく。
君は気付かないままにボクの後ろを向こうへと進む。
ボクも振り返ることなく歩く。

好きになる少し前だったのか?
ちょっとその自信が揺らいだ。

好きだったんだろう。そうじゃなきゃこんなに君のことをもう一度連れ出したいなんて思うはずないのだから。





『今では…今なら…今も…』
この曲の世界観にストーリーをつけて描いてみました。
この歌詞だと過去の恋人同士という設定ではあるけれど、そこはアレンジさせて。

時間が過ぎてオーバーラップさせてやってくる恋心がある。そのときにはもう遅いのだけど。だけどそういう恋もあったと思える自分がかわいく思えたりもする。叶わないことの方が圧倒的に多いのが恋というものなのだろうから。

#BEATZONE


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