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アメシストはサイケデリック。

昨年5月にはじめた誕生石シリーズ。毎月だいたい最終日に公開していたけれど、2月は間にあわなかった。2月の日数が短いから?いやいや、途中まで書いていたのだけど、ウクライナ情勢が気になってどうにも書き進められなかった。というのは言い訳なのだけど、道楽なのに免じてお許しを。

◆◇◆

というわけで3月になってしまったけれど、2月の誕生石について。

2月の誕生石はアメシスト。紫水晶だ。水晶はクォーツ(石英)ともいう。クォーツは二酸化珪素。大陸地殻を構成する造岩鉱物としては長石に次いでおおい、もっともありふれた鉱物のひとつ。風化につよく、岩石がバラバラに壊れても最終的にのこる。だから砂つぶもそのおおくがクォーツだ。

しかし、とんがり帽子のクォーツの結晶(水晶)はそんなにありふれているわけではない。結晶が成長できるだけの空間的な余裕のあるところでしかできない。熱水鉱床やペグマタイトがそうした環境にあたる。

だから、ありふれた鉱物とはいえ、綺麗な水晶は稀少だ。

完全に個人的な好みなのだけど、クォーツは研磨されたものよりも結晶のままのほうがうつくしい。六角柱の先っぽのとんがり帽子。全体的に対称性がありながら実は非対称なところもタダモノではない。

いま国立科学博物館で開催中の宝石展でも、はじめに巨大なアメシスト・ドームが出迎えてくれるらしい(わたしはまだ行っていない)。アメシストのとんがり帽子が密集した自然の神秘の姿に圧倒されるという。そういえば以前、某ミネラルショーで子供が入れるぐらいのアメシスト・ドームが展示されていたっけ。

そう、クォーツは密集して結晶化したものがしばしば見られる。晶洞(ジオード)といって、空洞の壁面にいっせいに結晶化したものだ。他の鉱物が混じって結晶化したものもある。

わたしはこのジオードが結構好き。緻密な多結晶の瑪瑙めのうからだんだんと粒がおおきくなって、立派なとんがり帽子に移り変わる。その断面をみると、その晶出プロセスが想像できてうれしくなる。メタモルフォーシスの美学。

このジオード、外側はまるい石の塊のようなのだけど、割ってみれば内側にびっしり結晶ができている。その意外性が受けて愛好家がおおいのだとか。

毎年12月の池袋のミネラルショーではジオード・クラッキングという、このジオードを割るイベントが開催されている。わたしの子供たちも、何度か挑戦したことがある。

2014年の池袋ショーにて。割ったジオードの断面を見せる長男(当時小1)。紫色のアメシストだけでなくおおきなカルサイトもある当たりジオードだった。

ジオードをそのまま加工したも製品もある。アメシスト・ジオードの根元に穴をあけて指輪にされたものを香港で買った。ふだん身につけているわけではないのだけど、わたしのお気に入りのひとつだ。

アメシストの紫色は、ちょっと特殊な色だ。というのは、可視光線を分光したスペクトルには現れないからだ。

短波長側のバイオレットは?たしかにバイオレットは日本語の紫色の範疇に入れられることがある。だけど、赤っぽい紫色はスペクトルには存在しない。

ではどのようにして紫に見えるのか。

アメシストのなかでは、スペクトルの中央部分の黄色から緑色にかけての吸収が起きている。そうすると、スペクトルの両端に残されたブルー〜バイオレットとレッドが眼にはいってくる。これらのブルーとレッドの光が混じることで紫色に見えるというわけ。

そういえばプライド・フラッグのうちバイセクシャル・コミュニティの旗はピンク・パープル・ブルーの3色だ。赤系のピンクとブルーがあわさった紫色が中央にある。

E. Dumont-Le Cornec著『1000 FLAGS』(2020年 Firefly Books刊)より。プライド・フラッグでは赤青両方の要素をふくむ紫色がつかわれることがおおい。

アメシストといえば酒神バッカス。ギリシャ神話のエピソードがある。

猛獣に通りがかった人間を襲うよう、けしかける酔ったバッカス。その標的になったのは月の女神アルテミスに仕える女官のアメシスト。咄嗟にアメシストは無色透明な水晶に変えられた。我に返ったバッカスは悔い改めて葡萄酒をその水晶に注いだ。水晶は紫色に染まり、女官の名前アメシストと呼ばれるようになった・・・。

この話にはバリエーションがあるようだけど、どれも大筋はだいたいこんな感じ。

アメシストという語は、ヘレニズム期のギリシャ語「αμέθυστος(=amethustos)」に由来するらしい。「酔わせない」という意味だという。酒神バッカスにまつわる話なのも頷ける。そういうわけで、アメシストは悪酔いしないようにという願いをこめて身につけられるようになったのだとか。

バッカスで思い出すのは、カラヴァッジョの作品。写実的に描かれた葡萄や他の果物、葡萄酒のグラスを意味深に差し出す半裸のバッカス。最初期の《病めるバッカス》はカラヴァッジョの自画像という説が有力だ。

左)2016年のカラヴァッジョ展の図録表紙につかわれた《バッカス》
右)カラヴァッジョの自画像と言われる《病めるバッカス》(S. Schütze著 『Caravaggio the Complete Works』 2009年 TASCHEN刊)

これらのカラヴァッジョ作品はいろいろな解釈がされているけど、ここでは深入りしない。画題のバッカスになぞらえて、酩酊させる葡萄酒が重要なモチーフになっているのは言わずもがな。

なぜかあまり言及されない部分だけど、わたしは《バッカス》の手前の果物が腐りかけているのがとても気になっている。

TASCHEN本の当該作品の部分拡大。

果物が腐って発酵して、アルコールが生成される。そのことを表現したのかもしれないけれど、熟しすぎて腐敗する様は官能的で退廃的だ。退廃的で危険な匂いを漂わせている。荒くれ者のイメージの強いカラヴァッジョが描いているのだから説得力がある。

ここで紹介したもうひとつのバッカスの絵《病めるバッカス》のバッカスは顔色が悪い。タイトルどおりすでに病んでいる。

カラヴァッジョのバッカスのせいか、わたしは宝石アメシストにも、どことなく妖しく危険で病んだ印象を持っている。

純粋なクォーツは無色透明。不純物がはいったり、いろいろなことが原因でさまざまな色がつく。そのメカニズムはちょっと複雑だ。

アメシストのなかでは、一部の珪素が鉄と置き換わっている。ただ、それだけでは紫色にはならない。放射線を浴びて鉄イオンの電荷が変わることによって、カラーセンターができる。それが先に書いたように特定の光を吸収して紫色にみえる。

放射線量がすくないと淡く、おおいと濃くなる。天然の放射線は放射性鉱物に由来する。色の濃いアメシストは、放射性鉱物をおおく含む岩石に囲まれた状態がながく続いた結果だ。

クォーツの珪素を置換する元素は、鉄ではなくアルミニウムの場合もある。アルミニウムに置換されたクォーツが放射線の照射をうけると灰色〜茶色のスモーキー・クォーツ(煙水晶)になる。

ちなみに透明度が低く真っ黒なクォーツは、アメシストやスモーキー・クォーツがとくに放射線に晒された結果できると考えられている。

わたしはモンゴルで採集した黒いクォーツをいくつか持っている。周辺の古い花崗岩は、自然放射線が特に高い。モンゴル科学技術大学の鉱物博物館の職員さんは被曝量の検査を受けていた。岩石サンプルに囲まれた部屋で仕事をしているのが検査の理由だ。

アメシストにせよスモーキー・クォーツにせよ、放射線の影響で色づいている。これもまた、アメシストが神秘的な妖しさを纏っている理由かもしれない。

アメシストにくわえてスモーキー・クォーツについても触れた。紫色と煙。こじつけっぽいけれど、ジミ・ヘンドリクスのPurple Haze(紫の煙)を連想してしまう。

Purple Hazeは、1960年代後半のサイケデリックブームを代表する曲だ。ジミが明言したかどうかは知らないけれど、ドラッグを彷彿させるタイトルと歌詞。曲調にもサイケデリックブームらしい浮遊感と酩酊感がある。

27歳で夭折したギターの革命児ジミ・ヘンドリクスの死は、謎がおおい。大量のワインを飲んだうえに睡眠薬を服用したのが原因だとか。

・・・アメシストとはまったく無関係なところに話が飛んでしまった。

”サイケデリック”はもともとは幻覚剤によってもたらされる感覚を指した用語だった。おもに米国西海岸で若者に広がった。伝統的なキリスト教社会の規範から脱すして自由になることが目的だった。ヒッピー・ムーブメントとふかい関わりがある。

これらのヒッピーやサイケデリックを特徴づけるのは、ドラッグによる幻覚を再現しているという極彩色の幾何学模様や渦巻き模様。次のスクリーンショット画像は、Googleで「psychedelic」のキーワードで画像検索した結果。

Google検索結果より

これらのサイケデリック画像、おそらく宝石鑑別の現場でなければ見る機会がないと思うのだけど、じつはアメシストで見られるものとよく似ている。それはブラジル双晶(Brazil Law Twinning)とよばれる成長構造。

交差した偏向板に石をはさんで結晶軸方向にすると、虹色の干渉色が現れる。

アメシストの結晶の成長過程にともなってできる成長の不連続面。これがくりかえされたものがブラジル双晶。ブラジル双晶があると、偏向板越しに幾何学的な縞模様が見える。その様子がなんともサイケデリックなのだ。

次の写真は、1986年の論文に載せられた写真をいくつか選んでまとめたもの。どうだろう、先に載せた画像検索結果にそっくりでは?

Crowningshield et al. 1986 (Gems & Gemology Fall 1986)より、Brazil Law Twinningの例

このブラジル双晶、その名のとおりブラジル産のアメシストで確認されたことからこう呼ばれている。もちろんブラジル産だけでなく、各地のアメシストにも見られる構造だ。

いまブラジル産と書いたけれど、世界で最もおおくアメシストが採れるのはブラジルからウルグアイにかけての一帯だ。この南米の産地が見つかるまでは、アメシストの産地はごく限られていて、とても貴重な宝石だった。現在は大量に流通する南米産のアメシストのおかげで価格も低くなった。それゆえに研磨の形も自由なスタイルが増え、とても身近な宝石になった。

その普及の様子も、なんだか20世紀のサイケデリックのブームと近年の多様性を大切にする風潮に重なっているなぁ・・・なんて思ってしまう。わたしにとって、アメシストはとてもサイケデリックなのだ。

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