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なぜ医療に市場原理は通用しないのか?

日本では社会保障費の増加に伴い、世代間での不公平感が強まっています。医療が保険料や税金などによって一部賄われており、そのせいで不必要な医療行為が行われ、医療機関が儲けているのではないかという意見も散見されます。

この問題を解決するためによく議論されるのが、強い規制の下で管理されている医療で規制緩和すれば、この問題が解決されるのではないかというロジックです。

先進国の中で、医療が規制されていない国は存在しません。一番規制が緩い国はアメリカだと思いますが、それでもかなり強い規制のもとで管理されています。医療が規制されていないのは、まだ医療保険もまともな医療機関も存在しないような発展途上国だけであり、先進国になるにあたって全ての国が医療に規制を導入してきました。そして、それには理由があります。

医療に市場原理が通用しないからです。

よって、医療を規制緩和すると、状況は悪化します。具体的には、患者さんが支払わないといけない医療費は高騰し、アクセスが悪化します。

ちょっと考えればわかる話ですが、医療の中には生死にかかわるような問題があり、そのような問題に直面しているときには、車やテレビを買う時のように買う人と売る人が対等な関係ではないのです。

テレビドラマでは、手術をしないと死んでしまう患者さんに対して、悪徳な医師が法外な医療費を請求するというシーンがしばしばみられます。古くはブラックジャックであり、最近ではブラックペアンでしょうか。

いずれにしても、テレビほど悪質な医療費の請求の仕方はないと思われますが、「医療提供者と患者さんは対等な関係ではなく、患者さんの方が弱い立場にある」という点においては、芯をついています。

医療経済学ではこの問題に関して長年研究が行われています。医療に市場原理を導入してもそれほど効率が良くなるわけではなく、社会全体の幸福度は向上しないことが分かっています。医療経済学は医療における市場の失敗(Market failure)を学ぶ学問だと言っても過言ではありません。

アメリカのオバマケアでは、民間保険会社と民間医療機関が強大な力を持っていたため社会保険制度や政府による公的医療保険制度を導入することは政治的に不可能であったため、その代わりに「規制された市場(Regulated market)」を整備することで市場の失敗を最小限にとどめる努力をしています(その結果、とても複雑な制度になりました)。医療には市場原理は通用しないので、ある程度の規制が必要になります。医療は規制がないよりもあった方がうまく機能し、経済学的に最適な状態に近づくと考えられています。

ではなぜ他の商品やサービスでは市場原理に頼れば最適化されるのに、医療では市場原理はうまくいかないのでしょうか?医療と言っても医療保険と医療サービス(実際の医療行為)で理由が違うのでそれぞれ説明します。

日本でも医療保険でカバーされない部分の医療サービスをカバーする民間の医療保険が出てきていますが、医療保険に市場原理を適用しても市場は最適化されません。病院やクリニックで提供される医療サービスに関しては規制緩和が叫ばれていますが、残念ながら医療サービスに関しても市場原理は通用しません。なぜでしょうか?

医療保険に市場原理が通用しない理由

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