津川 友介

UCLA准教授、医療政策学者、医師。ハーバード大学PhD(医療政策学)。 著書: 10…

津川 友介

UCLA准教授、医療政策学者、医師。ハーバード大学PhD(医療政策学)。 著書: 10万部突破「世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事」 、2017年「ベスト経済書」第1位「原因と結果の経済学」(共著)、 「世界一わかりやすい医療政策の教科書」、「ヘルス・ルールズ」等。

最近の記事

生活習慣病では、健康と病気の境目は、意外とあいまいである

日本では「未病」という言葉をよく聞くようになりました。 色々な定義があるようですが、未病とは「発病には至らないものの健康な状態から離れつつある状態」を指しており、つまり「病気になる手間の状態」を表しているようです。 このコンセプトが成り立つ疾患もあります。 例えば、脳梗塞や心筋梗塞など、発病前は身体の機能に異常がないものの、発病すると「非連続性」に機能が低下する疾患です。脳梗塞であれば、発症前は何も問題ないものの、発症すると麻痺がでたりします。このような急性疾患では、発

    • 日本が「医療費の安い国」でなくなった理由の一つは経済成長の鈍化

      前回までの記事で、以前までは日本は「医療費が安くて、寿命の長い」世界がうらやむような医療先進国であったとご説明しました。しかしながら、近年ではそのような日本の地位は揺らぎつつあります。 はじめにほころびがでたのは、医療費の問題です。 2015年頃まで日本の医療費はOECD平均よりも低く、日本は「医療費の安い国」であると思われていました。しかし、2015年にこの状況は一転し、日本のGDPに占める医療支出の割合(GDP比)が11%を超え、加盟国中でアメリカ、スイスに次ぐ第3位

      • 医療費上昇の一番の原因は「医療技術の進歩」であり、高齢化ではない

        先進国の多くでは医療費が高騰しており、国の財政を圧迫していることが問題となっています。日本においても2021年度の国民医療費は45兆円と過去最高であり、医療費は我々が直面している大きな問題の一つであると言わざるをえません。 将来の国の医療費の予測モデルがどれくらい正確かに関しては議論の余地がありますが、少なくともアメリカにおける現在までの医療費高騰の原因に関しては研究されています。それらによると医療費高騰の一番の原因は「医療技術の進歩」であると考えられています。高齢化は一番

        • 日本はもはや「医療費の安い国」ではない

          前回の記事で、日本が10年くらい前までは「世界一の長寿国で、医療費も安い」世界がうらやむような医療制度を持った国であったと説明しました。しかし、日本のそのような立ち位置は崩れつつあります。 まず医療費に関して見てみましょう。 最新のデータを見てみましょう。これは各国がGDPの何%を医療支出に使っているのかを示したグラフです。医療支出とは、医療費に介護保険に係る費用のほか健康診査などの予防の費用を加えた数字で、一般的に医療費の国際比較で用いられる指標です。 2022年のデ

        生活習慣病では、健康と病気の境目は、意外とあいまいである

          濫用のおそれのある成分を含む風邪薬や咳止めには、そもそもエビデンスがあるのか?

          いま日本では医薬品の過剰摂取(オーバードーズ)が問題となっています。未来のある若者が、ドラッグストアで市販薬として販売されている薬を大量摂取することで、倒れて救急搬送されたり、死亡したりしています。 2022年には1万682人がオーバードーズで救急搬送されており、10代は2年で1.5倍と急増しています。20代の患者数の多さも目立ちます。消防庁と厚生労働省の調査によると、市販薬のオーバードーズが原因と疑われる救急搬送が、ことし6月までの半年で5600件余りに上っています。

          濫用のおそれのある成分を含む風邪薬や咳止めには、そもそもエビデンスがあるのか?

          日本の医療制度の「転落」

          世界がうらやんだ日本の医療制度 日本は世界がうらやむ理想的な医療制度を達成した国でした。これはそう昔のことではありません。 10年ほど前まで、日本は医療費が他国と比べて低く、かつ世界一寿命が長いという、理想的な医療がある国だと他の国から思われていました。諸外国は「日本がなぜこのようなすばらしい医療制度を設計し、維持することができるのか」に関心を持っていました。 戦後の経済成長により、日本の名目国内総生産(GDP)は1968年にアメリカに次ぐ、世界第2位になりました。1

          日本の医療制度の「転落」

          保険収載されている医療行為の中には、健康の改善につながらない「低価値医療」も含まれている

          最新のデータによると、日本の保健医療に係る支出(国際的に比較可能な数値で、厚生労働省が発表する国民医療費に介護費や一部の自由診療・市販薬等の額を加えたもの)はGDPの11.5%を占めており、OECDの平均(9.2%)を上回ります。 日本は、アメリカ、ドイツ、フランスに次ぐ、世界第3位の高医療費国です。 医療費の急激な増加に直面し、先進各国では、価値の高い医療システムを推進していくことが不可欠となっています。しかし、医療において提供されている全てのサービスに価値があるわけで

          保険収載されている医療行為の中には、健康の改善につながらない「低価値医療」も含まれている

          認知症患者に対する胃ろう造設は、患者さん本人を幸せにしているのか?

          重度の認知症患者に対する胃ろうの造設は推奨されておらず、米国老年内科会は「低価値医療」の一つとしています。 認知症患者の食事量が減ってきた場合に、補助のもとで経口摂取を続けても(胃ろうと比べて)死亡率、誤嚥性肺炎の発症率、機能予後に差がないことが複数の研究から分かっているからです。 むしろ胃ろうは興奮、身体的・化学的拘束の増加、合併症による医療費の増加、新たな褥瘡の発生につながると報告されています。 しかし、日本ではまだ進行した認知症患者にも胃ろうが造設されています。全

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          オンライン診療は安全で有効性の高いツールである

          日本ではいまオンライン診療をどこまで解禁するのかの議論が行われています。世界的に見ても実はオンライン診療は昔から盛んなのではなく、新型コロナのパンデミックによって急激に普及したものです。そして、コロナ禍に数多くの国でオンライン診療の利用が増えたため、それに伴いオンライン診療の有効性や危険性に関するエビデンスも急激に集まっています。今回はそれらをまとめてみました。 まずはオンライン診療のメリットとデメリットをまとめます。 なぜこのようなことが言えるのでしょうか?それは最近の

          オンライン診療は安全で有効性の高いツールである

          大規模言語モデル(GPT-4)を用いた診断・トリアージの精度は、専門医資格を有する医師と遜色ないことが明らかに

          GPT-4の臨床現場での活用可能性の評価のため、既存の臨床事例を用いて臨床診断・トリアージの精度について研究しました。TXPメディカル社のリサーチチームとの共同研究です。 その結果、GPT-4の診断・トリアージ精度は救急・集中治療専門医らと遜色ないことが明らかになりました。加えて、臨床事例に人種・民族的バイアスの情報を追加した際にも、GPT-4の精度に大きな変化は見られませんでした。 研究の背景 大規模言語モデル(LLM)の進歩により、医療分野でも診断やコミュニケーショ

          大規模言語モデル(GPT-4)を用いた診断・トリアージの精度は、専門医資格を有する医師と遜色ないことが明らかに

          AIを用いて降圧のメリットの大きい人を直接見つけて治療した方が、高血圧の人の血圧を下げるよりも合併症を防げる可能性が明らかに

          私達の研究グループからの最新の論文が公開になりました。この研究では、血圧の高い人を降圧(=血圧を下げる)する現在の医療のアプローチよりも、最新の機械学習(因果フォレスト法)を用いて降圧の推定されるメリットの大きい人を降圧するアプローチの方が、高血圧の合併症になる人を減らす効果が約5倍大きいことが明らかになりました。 AI・機械学習の時代において医療の根本的な考え方を変えるポテンシャルのある研究だと思われます。 京都大学大学の井上浩輔先生(筆頭著者)、スタンフォード大学のス

          AIを用いて降圧のメリットの大きい人を直接見つけて治療した方が、高血圧の人の血圧を下げるよりも合併症を防げる可能性が明らかに

          女性外科医の方が男性外科医よりも、患者の術後死亡率が低いことが明らかに

          私たちの研究グループは、アメリカの65歳以上の大規模医療データを用いて、(1)手術後の死亡率は、女性外科医が執刀した女性患者で一番低く、男性外科医が執刀した患者で一番高いこと、そして(2)男性外科医と比べて女性外科医の方が予定手術において死亡率がわずかに低いことを明らかにしました。この研究は、2023年11月22日に国際的な医学雑誌であるBMJにオンライン掲載されました。 患者と医師の性別の一致は、より効果的な患者–医師間のコミュニケーション、(意識的もしくは無意識的な)性

          女性外科医の方が男性外科医よりも、患者の術後死亡率が低いことが明らかに

          医療費の自己負担の引き上げにより、健康に悪影響があるのか?

          社会保障費の増加に伴い、日本ではいま75歳以上の後期高齢者の医療費の、自己負担割合を2割に引き上げられることが検討されています。この議論をするときに、必ず問題になるのが、自己負担引き上げることで受診控えが起こり、健康被害が生じるのではないかという心配です。その点に関して、エビデンスで何が分かっているのでしょうか? 医療費の自己負担を上げると何が起こるのか? 私達の研究チームは今回、日本のデータを使って、医療費の自己負担割合と医療サービスの消費量や健康との関係を評価した研究

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