9年ぶりに日本に帰ってきてユーザベースに入った理由

9年ぶりに日本に帰ってきて、ユーザベースに入社して3ヵ月経とうとしています。時が流れすぎる前に、なぜ日本に帰ってきたのか、なぜユーザベースに入ったのか、3ヵ月で何を感じたのかを少し記録しておきたいと思います。

【なぜ帰ってきたのか】
2010年はじめて日本を飛び出し、シンガポールに降り立った瞬間の情景は今でも鮮明に覚えています。緊張感の中にある高揚感、不安と期待が入り混じりながらも、自然と笑顔になるハイな状態でした。それから9年間、転職、結婚、子供が二人産まれ、社長になるという機会を頂き、事業の停滞と成長を身をもって経験し、全力で駆け抜けてきました。

私の個人的な目標は9年前から変わっておらずグローバルビジネスリーダーになる事。その為にビジネス上「Country」である要素が強い日本を飛び出し、アジア太平洋州地域の中心地であり「Region」要素の強いシンガポールにたどり着いたわけです。シンガポールはRegionでありながらも発展著しい東南アジアの中心都市であり各Countryを見ることができる、またグローバルカンパニーにおいてはそのCountryと「Global」のつなぎの役割を果たす場合が多く、その観点から世界を見れたことは掛け替えのない経験になりました。

Country、Regionとしての目線や世界の多様性を学んだ次にあるのが、Globalだと常々思っていて、その為には別Regionの経験をするか、アジアRegionの深堀りをするかどちらかが最終的なグローバルビジネスリーダーを目指すのが次のステップだと思い、社内外含めて様々なオポチュニティーを検討しました。幸いヘッドハンターという仕事をしていたせいか自然に身についていた、①自分のやりたい事、②自分のできること、③市場が求めるものの真ん中にあるものをめがけて動けばよいという視点で、今回は外資系の採用責任者というポジションをターゲットにしました。
日本シンガポール問わず探したところ、日本での機会が多くあり、まずは日本法人の採用責任者、その後、北アジア、アジア太平洋州地域と広げていくイメージを広げていきました。ただGlobalと繋がっているという観点で、やはりGlobalカンパニーである必要があるなと思っていて外資系中心に検討をしていました。

結果いくつかの企業からオファーを頂き悩んでいた頃に、日本出張があり、ユーザベースの創業者で友人の新野さんと焼肉を食べていた時、「転職するならユーザベースも検討してみたら?」という話になり、話が進んでいくことになりました。それからわずか1週間で経営陣との面接をアレンジしてくれ6名もの人たちと話す機会を設けてくれました。面接が進むにつれ自分の中でのほぼ決めていた事に迷いはどんどん増していきました。それはお会いさせていただいた人すべてが人格者ばかりだったからです。

昔からみていたユーザベースの成長の原点が間違いなくそこにありました。そして、それは非常に稀有なものであることを感じていました。外資系企業での採用責任者という機会を目の前に、ユーザベースのCOOである松井さんからは組織図を見せて頂き「どこからどこまでやりたいか?」と聞かれました。採用にとらわれるのみならず、人事を幅広く見る機会も提案頂きました。結果、すべてのオファーがでそろいましたが、まだどこに行こうか決められませんでした。それからの数日間はこれまでにない位、悩みつくしました。想定していたポジション、キャリア、会社、ダイナミズム、グローバルとのつながり、条件、何をとっても迷いどころのない機会、ただ採用責任者というポジション、ユーザベースでの機会は人事全体、グローバルは目指し始めた第一歩目にいる。何度も計算したし、何度もサインしかけたオファーレター。しかし、引かれる後ろ髪。本当に色々な人にも相談しました。最後は説明のできない勢いで結論をだしたのを覚えています。

次は、説明のできない勢いを言語化していく3ヵ月の道程を書いていければと思います。

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