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経営と知財 #2-2 マクロ知財戦略、ビジネスや技術構造分析が肝

前回、知財戦略において効率的な競争優位の担保について概念をお話ししました。(https://note.com/yusuke_kitagawa/n/ne3d8a8cc6c7c
今回はこの部分をもう少し現実に即してブレークダウンしていこうと思います。

fig.1

・バリューチェーンと、自社が担うところ、協業先が担うところ

お客さんへ価値を届けるためにバリューチェーン上のどこを自社が担っていて、その際に知財をどこで形成するのかを考える必要があります。
スタートアップの場合は限られた予算で知財投資をするため自社が担うところだけにフォーカスされることがほとんどですが、大企業では、自社が担うところ以外も考慮にいれて戦略をたてます。

例えば、メーカーで製品を開発し、その製品を協業先である販売代理店が流通させたとします。顧客層は以前の製品と同じで、既存顧客との商流やアフターフォローが販売代理店で既にできあがっている場合を考えます。
メーカーの立場だけで考えると、前バージョンの製品、新しく作った製品、、、のように開発の都度、それぞれ特許を出願することになります。一方で、流通に必須なアフターフォローが新旧製品変わらず同じである場合、自社は関与しなかったとしても、この販売代理店の部分で特許を保有しておくとそれだけで他社が後発参入できず効率的なことがあります。特に大企業では、机上検討でこういった特許出願が行われたりします。
現実はこんなにシンプルではないことがほとんどですが、自社の担う部分だけではなく、最終顧客に価値が届くまでの長いルートの中で、いったいどこに壁をつくると効率的か考えることが重要です。

fig.2

・技術観点の分析手法

技術的な観点でも類似の考え方で効率的な場所を見つけることができます。例えば、技術構造をロジックツリーで分析します。
少し複雑なので下図を使って説明すると、ある目的を実現するために「A」と「B」と「C」という構成要素が必要だとします。「A」を実現するための手段は「あ」か「い」、「B」を実現するための手段は「う」のみ、「C」を実現するための手段は「え」か「お」か「か」だとします。この場合は一番効率的なのは「う」の実現手段を特許でおさえることになります。
ロジックツリーを作る際はandで考えるレイヤーと、orで考えるレイヤーが出てきますが、andのレイヤーにおいて一つでもノードをおさえれば、その1つ上の目的を達成するための必須のルートをおさえたことになります。
実際は、下図の「目的」と「構成要素」と「実現手段」のセットがいくつもいくつも積み重なって1つの製品ができていますので結構複雑です。大企業対大企業で競っている場合は、かなり下位の方のレイヤーまでマス取りゲームをしている状態になっていたりします。この場合、1社で独占ではなく互いに必須の部分を取り合い、互いに動けない状態(訴訟などで相手を攻められない状態)になります。核の抑止力のような状態です。
スタートアップは当然予算が限られるため、このような状態になる前にビジネスを優位に進めていく必要があります。

fig.3

・スタートアップの戦術

予算が限られるスタートアップでも有利になる点が2点あります。
① 売り上げも小さいため、逆に知財1件当たりの重みが相手と比較し相対的に重い
② まだ世にない全く新しい概念の製品やサービスを提供していることが多いため、公知(世の中で広く知られた状態)の部分が少ない

まず①について。例えば特許の場合、相手が侵害しておりライセンス料を受け取る際、一般的には売上に対してライセンス料率を積算してその額が計算されます。スタートアップが10億売りあげており、大企業が100億売り上げている場合で、かつお互いに1件ずつ侵害している特許を保有している場合、そのライセンス料率が1%だとすると、スタートアップ側の取り分は100億×1%で1億となりますが、大企業側は10億の1%で1千万となります。大企業の方が侵害特許の数で有利になっている場合でも、2件あれば2%、3件あれば3%と比例するわけではなく、十数件集めても全部で5%のような考え方になることがほとんどです。きちんと調べたわけではありませんが売上の規模の方が影響が大きいと考えています。

②について。公知の部分が少ないほど、fig.3のロジックツリーのより左側、上位の概念で権利をとれます。つまり、少ない数で最大の効果を発揮できます。

とりわけスタートアップにおいては少数精鋭の知財をきちんと構築していくこと、その後いち早く製品リリースして公知の状態を作ることが重要となります。

・技術分野毎の特性

最後に技術分野の特性です。観点は以下2点です。

①ハードウェアか、ソフトウェアか、或いは化学かなど、技術分野
②実験を繰り返しトライ&エラーで作る技術か、そうでなく机上の検討である程度想定できる技術か

①について。技術分野毎に1製品あたりの特許出願の件数が異なります。例えば、1つのハードウェア製品がそれに関連する分野で数百~数千件の出願があるのに対し、IT系のサービスなどでは数件~数十件だったりします。ハードウェアを作る企業も昨今はITを無視できませんので、バリューチェーン上でIT部分が自社の事業ドメインでなくても、自社で特許出願できないか検討をすべきです。
(このような差は、物理的な制約の有無や、権利としての文章表現のしやすさ等が要因で生じます。)

fig.4

②について。試行錯誤でやっと完成する技術は、経験上、大抵はあとから別のもっと良いやり方がでてきます。一方で、机上検討ですぐ考えられるものはベストな形も机上で想像しやすいため、この部分を知財でおさえる方が効率的かつ長生きする権利を作れることがあります。
ただし例外があります。実験しないとわからないものであっても製薬など一旦市場でデファクト化すれば競争優位を担保できてしまう分野です。標準化や規格化なんかもこの部類に入ります。この場合、他社が似たような別のものを作れたとしても、特許以外の要因で参入が難しくなりますので、その技術を守る特許が非常に価値の高いものになります。

fig.5

長くなりましたが、ここで記載したような観点でどういった権利を構築すれば持続的な競争優位を維持できるのか、自社のベストな戦略を考えてみましょう。
スタートアップに限らず、大企業においても費用対効果が問われる時代です。特に大企業においては、事業側の視点で予算を最適化すべく、知財部門と協働していく動きが必要だと思っています。



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