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超名作「A Short Hike」感想:ストレスや刺激ばかりの現代に向けた「究極に『優しい』ゲーム」

とにかくすべてが優しく、プレイしていて全く傷つかない安心感がある。
ノルマも、敵も、時間制限も無いけど、目的はある。
ゆっくりと落ち着きながら、温かい気持ちでプレイでき、ずっとこの世界にいたいと思わされる、素晴らしい傑作です。


「A Short Hike」とは

カナダのインディーゲームスタジオ、adamgryuが開発したアクションアドベンチャーゲーム。ほぼほぼ個人で制作されたゲームだそうです。
ボリュームとしては1時間30分から2時間弱でクリアできるくらいの短編のゲーム。平日の夜や週末に、一気にプレイするのにちょうどいい長さです。
steamでプレイしましたが、今はswitchでもプレイできますね。定価はsteamで820円、switchで850円です。

インディーゲームアワード「Independent Games Festival」では最優秀賞も獲得している作品です。

steamでの評価も、2021年5月29日時点で、ユーザー評価5598件のうち99%が「好評」と評価。圧倒的な好評を得ています。



とある夏の、優しい時間が流れる1日の物語

物語は、主人公である小鳥のクレアの視点で描かれます。

物語の始まり、導入部分については多くは語られていませんが、おばさんに連れられたクレアがいわゆる「田舎」を訪れるところから始まります。

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訪れたのは「ホークピーク州立公園」という孤島であり、ゲームはこの島を自由に移動する、オープンワールドゲームとなっています。

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冒頭、クレアは携帯電話を持ち連絡を待っていますが、そもそもこんなところに電波は届かないと叔母に言われてしまいます。届くとすれば、「ホークピーク」と呼ばれる島の頂上。クレアがその頂上を目指す、というのがこのゲームの目的となります。

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このゲームの進行には、特に制約はありません。自由に島を動き回りながら島の頂上を目指します。冒頭に書いた通り、戦闘もノルマも無いので、のんびりと島を探索し、島の住民と話し、頂上へ上るための必要な要素を集めていくのです。

その必要な要素とは、「黄金の羽根」と呼ばれているアイテム。
このアイテムを手に入れることで、クレアが2段ジャンプを出来たり、崖をクライミングが出来るようになるのです。
また、黄金の羽根は複数手に入れることが出来ます。
その際には、下記の特徴が付与されます。
・黄金の羽根を手に入れた枚数分連続でジャンプできる。
・黄金の羽根を多く手に入れるほど長く壁をクライミングできる。
つまり、黄金の羽根を手に入れれば手に入れるほど、高所へと移動することが出来るようになるのです。

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鍵となる黄金の羽根は、島を探索して見つけることもできますし、住民の頼みを聞いたお礼にもらえたりもします。難易度は比較的簡単で、ストレスなく集めることが出来ます。

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そして十分な枚数を集めたら、ジャンプやクライミングを駆使し、携帯電話の電波が届く島の頂上まで進む、というのがゲームの流れになります。



「優しさ」

今までもいわゆる、「癒しゲー」というものはあったと思います。それは、キャラクターが可愛いとか、穏やかな世界観とか、色々あったと思いますが、このゲームはその癒し、優しさという部分で群を抜いている作品でした。

具体的には、動物のキャラクター、穏やかな音楽、ややローポリ・ドット感のある親しみやすいビジュアルとゲーム全体を通した派手さの無い色使い、色々ありますが、決定的なのは「セリフ」です。

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前述の通り、クレアは島の頂上に行くために黄金の羽根を集める必要があります。その過程で交流するキャラクターとのやり取りがまた、優しさにあふれていて心打たれるものがあるのです。

優しさというのは、ただ単に相手に同調することでもないですし、相手を甘やかす言葉を言うことでもないと思います。例え一時的に辛い思いをするかもしれないけど、相手の成長に対する気づきを与えたり、成長のために何かに挑戦することを「ちゃんと相手のことを考え」促すことも優しさであると思います。

このゲームでは、そういった、ただ相手に同調するのではなく、相手のことをちゃんと考えた優しさのようなものを感じました。一般論的な優しさを超えた、様々な種類の優しさが表現されるとともに、そのセリフが非常に上手いんです。クレアの純粋な子ども心が、大人では表現できない綺麗なセリフとなって言葉として表現されていることに、とても魅力を感じました。

また、物事に対する捉え方も、優しさというよりは道徳の教科書のようなクリアでピュアな行動・セリフを真正面から表現しており、ストレートに心が温まるような印象でした。


思い出に残ったシーン
具体的に、一番唸ってしまったシーンを紹介します。
島の中のとある砂浜でキャラクターに話しかけると、「ビーチスティックボール」というミニゲームで遊ぶことが出来ます。

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ルール説明をしてもらえるのですが、そのルール(特にルール3)がまた優しい。優しいというか、キャラクターを通じて自分が応援されているかのように感じるんですよね。

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ふらっと遊ぶミニゲームでこんなに道徳的なことを言われること自体が不意打ちでしたし、なぜかわかりませんが王道RPGなんかで「自分を信じよう!」と言われるよりもずっと胸に響いたんですよね。

そしてこの「ビーチスティックボール」ですが、ある程度のスコアを超えるとアイテムをもらえます。そして、そのときの言葉が忘れられません。

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この最後のセリフ、「ずっとこの瞬間を覚えていられるようにね!!」という言葉、本当に衝撃を受けました。

ミニゲームがあるゲームは多いですし、その点数でアイテムがもらえるゲームもいくつもあります。「高スコアの記念でアイテムをもらう」ことは山ほどあれど、そこに「この瞬間を覚えていられるようにね!」という言葉が添えられたゲームがあるでしょうか。
しかも、このもらった野球帽は、一緒にゲームをしてくれた相手の私物です。少し上のスクリーンショットを見てもらえばわかる通り、もともとはこのキャラクターが被っていたものです。それをプレゼントしてくれたという状況、そしてその理由がこの楽しい瞬間を忘れないように。
この言い回しがとても気に入ったというか、心に残りました。クレアと同じく、プレイしている私自身も、この瞬間を忘れないと思います。このゲームの中でいいなあと思うシーンは数あれど、一番思い出に残っているシーンでした。

もちろん他にも、マラソン大会に対する自信が無いキャラクター、絵を描くのが好きなキャラクター、「黄金の羽根」を高額で売るキャラクターなど多種多様なキャラクターと関わることが出来ます。
そしてそれらのキャラクター一人一人とのコミュニケーションが、単なるクエスト消化のような淡白なものではなく、濃淡はあれどちゃんと背景のある、キャラクターの個性が見えるイベントとなっており、柔らかく優しい言葉も含め、心を打つものとなっています。
このゲームのセリフの優しさは、他のゲームではなかなか無いくらい素晴らしいものなので、本当にお勧めするポイントです。

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ノーストレスなゲームデザイン

マップこそとても広いわけでは無いですが、このゲームはオープンワールドの形を取ったゲームとなっています。
オープンワールドのゲームでときどきストレスに感じること、それは「移動の面倒くささ」です。
一度行った場所に戻るとき、マップの中を探さないといけないとき...。面倒さはどうしても切り離せない問題であり、ストレスに繋がります。

一方でこのゲームは、そのあたりのストレスが本当にありませんでした。もちろん、そこには明確な理由があることも、体感できています。

理由のひとつ、大きいものとしては、主人公のクレアが「小鳥」であることです。
クレアは序盤から「グライド」、つまり鳥の特性を生かし、羽根を広げて滑空することが出来るのです。これが本当に気持ちがいい。

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目的が島の頂上を目指すことだけあって、この島自体もかなり起伏にとんだ、山道が多くなっています。しかし、だからこそこのグライドが活きてくるのです。

目的の場所よりクレアが高所にいるのであれば、グライドで飛んでいくことが出来る。つまり、目的地まで空中を飛んで、一直線に向かうことが出来るのです。しかも、これがまた気持ちがいい。風を切り、爽快感がある中で、島の景色や生活しているキャラクターを見下ろしながらのグライドは、風を感じるようでした。
これが、ゲーム開始時から実装されているので、通常の「歩くだけ」のゲームに比べて、ストレスがかなり減りました。

もちろん、この「グライド」だけではあくまでそういった良い移動システムがあるだけ、ということになりますが、驚いたのはその後。物語を少し進め、「黄金の羽根」を手に入れた後のことです。
先ほども書いた通り、黄金の羽根を手に入れることで、連続ジャンプを行うことが出来たり、崖を長時間クライミングすることが出来ます。これにより、「黄金の羽根を集める(ゲームが進む)ほど、高所に行く手間が省ける」というデザインになっていることを実感したとき、このゲームの、プレイヤーに対する配慮の素晴らしさを感じました。

「グライド」にて、滑空しながら移動するのが、長距離を早く移動する方法です。しかし、これを行うには「高所」に行く必要があるのです。スキーやスノーボードをするために、ゴンドラ・リフトに乗って高所に行くような感じですね。降りるときは早いけど、登りは一定の時間を要する。
クレアも、初めはある程度の高所まで地面を道なりに進んでいかないといけません。高いところからの滑空でなければ、グライドの効果が薄く、あまり遠くまで飛べないからです。

そこで先ほどの黄金の羽根による、ジャンプおよびクライミングのスキルの強化です。つまりは、地面を進まなくても高所に移動できるようになるのです。

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連続でジャンプすることで一気に崖を飛び越えることが出来ますし、

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もう少し高い崖はクライミングを行うことでジャンプより高所までたどり着けます。


特にこのクライミング。「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」のように、とにかくどこでも登ることが出来るのです。
つまりは、黄金の羽根というアイテムを集めることで、いつでもどこでも高所へとたどり着け、クレアの「グライド」がより自由に、かつ効果的に使えるようになるのです。
これにより、オープンワールドを自由に、早く、ストレスなく移動することが出来るとともに、今まで行けなかった場所に行けるようになる。するとそこで新たに黄金の羽根を見つけることが出来、黄金の羽根が集まることで更に高いところにたどり着けるとともに、物語も進めることが出来ます。
グライドもそうですが、このようにアイテムを手に入れることで快適なプレイになり、その結果さらにアイテムを見つけられるという循環、さらにはそれにより物語も進められるという非常に上手い導線が作られていることが、ノーストレスにゲームを進められる理由となっています。

こういった、物語を進めようとするだけでシステム周りが快適になっていくゲームデザインには驚きました。物語のために黄金の羽根を集めることで、移動がとても楽になったことを実感したのです。丁寧なデザインは、先ほどのような素晴らしいセリフや物語への没入感を深め、このゲームへの印象をさらに良くするものでした。



穏やかで効果的な音楽

このゲーム、常にBGMが流れているわけではありません。
特定の状況や、特定のエリアに近づくことで「徐々に」BGMが聞こえるような作りになっています。
この辺りは、ゲーム音楽制作を行っている、株式会社ノイジークロークの金井さんのnoteが素晴らしかったので、ご紹介させていただきます。

私としては、島を探索している中で結構「無音」の場面が多いなと感じました。無音と言っても、クレアの足音や環境音(特に鳥のさえずり)は聞こえている状態です。ただ、やはり音が聞こえるエリアはしっかりとBGMが聞こえてくるので、なんというか無音とのメリハリが引き立てられ、BGMの印象がより強くなったんですよね。何かイベントが発生したから/カットシーンだから音楽が流れる!とかではないので、自然でありながらも印象強く、耳に残りました。



すべての要素が輪を乱していない完成度の高さ

特にこのゲームで印象に残ったのはセリフの魅力ですが、もちろんそれ以外の要素も全て優しく、完成度の高いゲームだと感じています。
ゲームの要素というものは、世界観なのか映像なのか、何か1つ重要な要素を軸にして、そこに合わせる形で他の要素が紐づいていくような感じなのかなと考えていました。
これがうまくいかないと、映像はいいのに音楽が合ってないとか、システムはいいのに物語と矛盾しているとか、バランスが崩れてしまうのだと思います。

しかし、「A Short Hike」は何というか、「優しさ」「癒し」といった概念的なものに対し全ての要素が寄せていき、最終的にどの要素もクオリティが高いながらもバランスの良いものになっていると思います。それぞれの要素がイメージしている概念が、ぴったり一致しているのです。

詳細は調べていませんが、おそらくこれもほぼ一人で制作されたからこそ、多人数で制作するゲームとは違い、完成イメージ(制作しているゲームのイメージ)の共有をする必要がないからなのかなと考えました。
どの仕事でも同じですが、他者と作業を行うということはコミュニケーションが必須になり、そして必ずイメージのずれは発生します。もちろん外注された部分もあると思いますが、一般的なゲームに比べても、伝言ゲームになりにくいあたり、高い完成度の理由のひとつなのかなと思いました。これはやはり、少人数で作られることの多いインディーゲームならではなのかなと考えました。

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終わりに

このゲームをクリアして、これだけ優しさという魅力を感じたときに思ったのは、現代は非常に多くのゲームがあるものの、その大半は刺激的で味の濃いゲームであったなあと思うことです。
派手で美麗なグラフィック、二転三転する物語、高難易度や心を抉る選択肢など、刺激物のようなゲームは確かに魅力的ですが、そんな中でA Short Hikeのようなゲームと出会い、そしてもしかするとそういった刺激の強いゲームよりも心に残る作品となったのは幸運でした。短編であるということもありますが、そういった刺激によるストレスが無いこともあり、今は2周目、一度クリアしたデータを消してもう一度初めから遊んでいます。

間違いなく大規模なスタジオでは作られないタイプのゲームであると思うので、インディーゲームという文化が存在することに対して嬉しく思います。
仲間が死ななくても、誰かを殺さなくても、喧嘩をしなくても、気持ちを揺さぶられるこのゲーム、間違いなくお勧めです。
味の濃い、刺激的なゲームにちょっと疲れたり、日々の学校や仕事、もちろんこのコロナの状況に緊張しストレスを感じている人は、ぜひこのゲームで心が洗われるような体験をしてみてほしいです。
高評価、アワード受賞の理由がきっと体感できると思います。

これからも、この作者さんのゲームはチェックしていこうと思います。
「A Short Hike」本当に名作でした。

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