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原田裕規さんの個展『心霊写真/ニュージャージー』を観た(2018/3/10)

写真展であり純粋な写真展にあらず。原田裕規さんの作品は、去年恵比寿にあるCAGE GALLERYという窓枠のみの異色のギャラリーで開催していた『作者不詳展』で拝見して衝撃を受けた。

今回の『心霊写真/ニュージャージー』は、2012年に行った『心霊写真展』(榮龍太朗さんとの共同企画)と2017年に行った『作者不詳展』の総集編という位置付けで、一つの空間で、約一年かけて日本国内で古物商や産廃業者から収集した大量の写真を心霊写真と称し展示してある心霊写真編と、自らニュージャージーに赴き撮影した写真をさも収集した際に発見した作者不詳の写真かのように文章を添えて展示したニュージャージー編、の二編に分かれていた。

↑机の上に雑多に写真が置かれている心霊写真編。
全て触れて良い。
正真正銘日本全国から収集した遺留品等ご家庭にあった写真だから手紙も紛れ込んでいるし写真の裏に覚え書きもある。
古い写真の、埃っぽいようなざらついたまとわりつく肌触りから他人の家に勝手に上がり込んでしまったような感覚になるし何かこの状況は殺気だっている。
知らない人の写真を見るという、写真の場面の前後の情報量の少なさ故の妙な不安感と罪悪感、薄気味悪さが拭えない。

↑ニュージャージーで自ら撮影した写真を他者が撮影した写真かのような通信を添えているニュージャージー編。
私は初めその意図を理解していなくて、本当に発見した写真が劣化による黄色と青が美しいと感じてピックアップしているのかと思ってしまい、確かに綺麗だなー妙に惹かれる色だよなーなんて思っていたけれど、意図的に造り出された色合いなんですよね…

↑こういう事も書かれていたけれど、私のスマホは対応していなかった為できず…。

捨てられたかつての家族写真という存在の何者にもなれない感じと、意味を付ける事により見え方が変わっていく受け手の身勝手な感覚は、フォトアートとは何かに迫っているような気がした。
意味が添えられること、誰が撮影したものか分かっていること、理解できる事の安心感。
理解しようとすることは大事だけれど、タイトルに囚われすぎて普段きちんと素のままの写真を見ていないのでは無かろうか。全ては創り手の演出次第。
そういうことへの警鐘だったのだろうか…

極個人的に、大好きな連ドラ『ケイゾク』のオープニングを思い出したのでケイゾクファンに観に行って欲しい。ホントに極個人的に思ったこと。

会場:Kanzan Gallery
期間:2018年3月9日~4月8日
入場料:無料
※写真撮影可・一部手に取って良い写真有

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