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書評 #75|総理にされた男

 総理の物まねをする役者が総理になったら。この突飛な設定がまずは関心を引く。そして、複雑な中にも入り組んだ人間模様を描く政治の世界を簡素化し、魅力的な物語へと昇華してくれることをも期待した。中山七里の『総理にされた男』はその期待に十二分に応える作品ではないだろうか。

 政治は複雑である。さらに突き詰めれば、その複雑さは理性ばかりでなく、人間と人間によって営まれる政治が往々にして不条理であるからだろう。そこに風穴を開ける真垣統一郎こと加納慎策の純粋無垢な志は痛快だ。舞台袖で演者を見守り、応援する体験がここにある。

 加納慎策は俳優だ。俳優として培った演技力、間の取り方、分析力、客観性といった能力が政治の世界でも存分に生かされる。しかし、どんな俳優でも総理大臣の役は演じられない。そこには情熱と才能があり、それらが多くの人々の人心掌握に至ったと感じる。売れない俳優だった加納慎策は適切な役割を与えられた。どんな人間にも求められる舞台があることも作品に前向きな風をそよがせる。

 本書では日本のさまざまな問題点が描かれる。震災復興。諸外国におけるテロ対応。信条よりは心情。論理よりは倫理。国民性と呼べるのか、そんな一言に集約される。問題は解決してこそ価値がある。非現実的かもしれないが、国、国民、その間にいる人々の思いを連結させることも政治の役割であると実感した。

 途中でこのショーの終わりが気になった。読みにくいとも言える。主人公の活躍に終わりはないように見受けられ、その姿を読み続けたかったからかもしれない。劇的なフィナーレであろう。爽やかな余韻を存分に楽しんだ。


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