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書評

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#柚月裕子

書評 #61|検事の死命

 『検事の死命』は現実的である。言い換えれば「生々しい」。主人公である佐方貞人の人間性を丁寧に描いていることはもちろんのこと、登場する人々の心の機微が文字として浮かぶ。そこには清濁がある。影が差すからこそ、光の美しさや力強さに眼が奪われる。そんな陰影に感情が移ろう。  そこに意志があるからではないか。正義の定義は千差万別だろう。その正義を果たそうとする猛々しさが引力として読者の心を引き込んでいく。「届かない手紙」といった舞台設定も秀逸だ。突飛とまでは思わせずも、確実に読者の

書評 #59|パレートの誤算

 柚月裕子は『パレートの誤算』で生活保護と不正受給の問題に焦点を当てる。唯一無二の答えはない。生活保護費は社会において生きたくても、生きることのできない人々のセーフティネットとして機能する一方、支給の可否に万能の物差しを当てることができない故、不正受給にまつわる問題に光明は見つけづらいと感じた。その根幹には人間の欲望がある。それは自立の欲望であり、抜け道を見つけ出して堕落へと進む欲望でもある。  ゆっくりと。淡々と。適度なスピード感を感じさせながら、物語はクライマックスへと

書評 #58|検事の信義

 印象に残った言葉がある。 「機械的に法律を適用することが、必ずしも正義だとは限らない」  『検事の信義』は水と油が分離するかのような狭間を描いている。原則に抗う姿勢こそが、作品と主人公である佐方貞人に魅了される要因だろう。常人が踏み得ない一歩を差し出すことは勇気であり、希望でもあると感じる。そして、それは時に忍耐でもある。 「俺は、恨みは晴らさないが、胸に刻む主義だ」  佐方の上長である、筒井義雄の言葉は大木の年輪のように重厚であり、厳かである。威厳は強引ではない。

書評 #47|小説 孤狼の血 LEVEL2

 残酷な殺人事件から幕は開く。警察と暴力団の間でバランサーの役割を担う、日岡秀一。そのバランスを圧倒的な力と狂気によって破壊する、上林成浩。法整備に代表される取り締まりの強化によって牙を抜かれた暴力団。『小説 孤狼の血 LEVEL2』はそんな流れと現代社会に抵抗する者たち、それを守る者たちの物語である。  上林は強烈だ。幼少期の過酷な体験を受けてか、人間としての情は霧散したかのような振る舞いを見せ続ける。熱くも、冷たくも感じる。しかし、そこに深みのようなものは感じられない。

書評 #44|最後の証人

 交差する二つの事件。その二つが交差する旅路が柚月裕子の『最後の証人』だ。隔たる距離。歩みを進めるかのように、その距離が縮まっていく。  社会に秩序をもたらす法の番人たち。どんな組織にも多少の不条理は存在する。人を裁く意味。そこに真の罪はあるのか。それはまやかしか。社会的な立場や地位によって歪む正しさ。それが本著の核であり、鈍い熱を読者へと放ち続ける。  「法より人間を見ろ」という言葉は太陽のような存在感を醸す。「人間」とは人の心を指す。物的証拠や事実は心を映し得るが、具

書評 #43|検事の本懐

 読者は前へと進み続ける。『検事の本懐』の文体にその前進を促す力がある。着飾ることのない、実直な魅力を佐方貞人は持ち合わせている。高いIQとEQを兼ね備え、事件の核心を探し求める。  物語が魅力的であることは間違いない。しかし、真実の探求に垣間見える、主人公の凛とした佇まいが作品に揺らぐことのない芯を通している。組織、個人、過去。それらに絡まった複雑な糸を佐方は解いていく。その描写に本著の力が宿る。 「人間性に年齢は関係ない。その人間が持つ懐の深さは、生きてきた時間の長さ

書評 #41|暴虎の牙

 激しさの中に虚しさが込み上げる。柚月裕子の『暴虎の牙』は広島を舞台とした警察、暴力団、愚連隊による三つ巴の攻防を描く。  光ではなく、影を選んだ人々の物語。破壊の衝動は連鎖し、膨張していく。泥沼のように燃え続ける怒りは象徴的な結末を迎える。時代の変遷と個人主義。ダークヒーローとして圧倒的な存在感を発揮する沖虎彦に、組織とは相反する個人主義の香りが漂う。  非日常的な犯罪と暴力の世界に身を預けながらも、そこには日常の風景とのつながりが浮かぶ。そこには情けがあり、義理がある

書評 #3|凶犬の眼

 何事にも良しあしがある。その考えがふと頭に浮かぶ場面が最近は多い。なるべく大局的に物事を把握し、本質を捉えたいと思う。そのためには、さまざまな視点に立つことが必要であり、長期的に見ればバランスを見出すことが重要になる。僕が高校生の頃から思っていることだ。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。  柚月裕子の『凶犬の眼』は一言で言えば「バランス」の物語だ。警察と暴力団が持つそれぞれの義が広島の山奥で淡々と描かれていく。両

書評 #2|孤狼の血

 警察小説に以前から魅了されている。横山秀夫の『64』『第三の時効』、今野敏の『隠蔽捜査』シリーズなどがそれに当たる。犯罪を追う非日常性やそこに内包される謎解きの要素はもちろんのこと、ベールに隠された警察組織の内部を垣間見られること、極端に上意下達のマッチョな環境の下に描かれた人間模様も興味深い。今まで言葉にしたことはなかったが振り返ると、そのような考えに行き着く。柚月裕子の『孤狼の血』も同様だ。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避け