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またなった

直感的な感想はそれだけ。
苦手な上司と話した時に恐怖で頭が真っ白になって震えるこの感じ、何もないのに身体がずっと震えるこの感じ、胃の痛み、ごはん食べれない、寝れない、起き上がれない、動けない、鳴り響く耳鳴り、休んでいることへの罪悪感、他の人は普通に働いているのにそれが出来ない情けなさでとめどなく流れる涙。

全部一回経験したことがある。
今でもその時から始めた薬をのんでいる。
病気を言い訳にしたくなくて転職した。

出来て当たり前のことがポロポロすり抜けてケアレスミスが続いて仕事に関する信頼が無くなった。
自分でもまさかこんなミスするなんてってなって自分を信用出来なくなった。
そうすると人間関係がギクシャクしだした。
そうしたら忘れかけていたあの感覚が戻ってきた。
母は前回も今回も泣きながら震える私を見て仕事なんてしなくていいから死なないで欲しいというけれど、お金を稼げず身を立てられずに60近い母や父が大変な思いをして稼いだお金をただ使いつぶす人でいるのは罪悪感で潰されてしまう。

2回目。
1回目うまくいかなかったのは仕方ないけど2回目ともなると結局本人に原因があるんじゃないってなる。
変な例えかもしれないけど「35歳すぎて結婚してないなんて、あの人実はなんかやばいんじゃないか」っていうのをそのまま職歴にはめた感じ。
どっちも偏見だと私は思う。
独身生活があっているのかもしれないし、結婚したくても国が認めてないとか。
仕事でも明らかにやばい環境にいたとかで今後も働き続けるために身体のことを考えて辞めざるを得なかった。でも短期で辞めた人間を雇ってくれるのは人が足りてない、入らない会社が多かったりしてまたご用意されたのはやばい会社だったり。
本人にはどうにもならない環境や考えがいつも自分のせいになっていて、だから貴方が悪いおかしいと言われるしそういう風に見られる。

働いていてパワハラで適応障害になっても会社もパワハラした人も何も問題がなかったように過ごしてたけど、私はいまだってずっと苦しんでいる。

脳裏にこびりついたその瞬間が新しい人間関係を作るのに邪魔をする。
強く大きな言葉で伝えられるとあの時と重なりパニックになる。
だからしかられた時や注意されたときに必要以上にビクビクしてしまう。
そして注意された内容に加えそういう態度がいけないと注意される、もっと怖くなってもっとビクビクしてしまう。

適応障害にさせた会社はまだ責任を求められるけど、通院服薬していれば普通に働けるようになったから転職した今の会社は「だから何」「うちの会社がしたことじゃない」よくいえば病気も性別も年齢も関係なく働けるということなのかも知れないけど、実際は病気になってダメになった人は自分から辞めさせられてるし、年齢だってどんだけ歳をとっていようと後任がいないとかいう理由で辞められない人もいるし、結局いい部分をいいように見せてるだけ。

でも会社はお金を稼いで仕事をする場なんだからそれは仕方ないとも思う。
出来なければお金は払えないし、お金払えない仕事する人の居場所なんてない。

ただ会社が集まって経済や物が動いて社会が形成されているのにその会社の動きについてこれなくなった人間の居場所は社会にない。

生きているだけでえらいなんて言われても生きるうえで沢山お金が必要で、働けないときは働いている人が納めたお金を使わせてもらって、そうやっていろんな人が動いて色んな人がつくりだしたものを何も出来ずにいる人間が消費だけするくらいなら、ずっとこの情けなさと罪悪感とこのままでずっとは生きていけないという不安を抱き続けて生きていくくらいなら、このツライ時間がこの後も何時間も続いてそれが何回も起こるくらいなら時間をとめるために命をとめてしまいたくなる。

仕事も学校もそこまでなるくらいならやらなくていいっていうけど、この病気の怖いところは楽しい今後の人生は1ミリもみせてくれないけどやらないで路頭に迷う人生はずーっとみせてくる。
どうせ苦しいならそれを続けようが今終わらせようがかわらないと洗脳してくる。
親や友達は今は優しく慰めてくれているけどいずれ嫌になって嫌いになるって囁きつづける。

私はまだ楽しく生きていたい。
今年の夏は手持ち花火したいし、飼っているペットは最後まで看取りたい。
だからまだ戦いつづけたい。

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