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ああ、大仏さま(上) 〜奈良へ行く〜

大仏さまに会いたい。
そうだ、明日大仏さまに会いに行こう。



寝る前のベッドのなかで急に思い立ち、次の日洗濯を済ませて、奈良に行く準備をした。普段こんなにフットワークは軽くない。行く予定を立てても、途中で面倒くさくなって、やめることのほうが多い。


けれど、今会いたい、行かなきゃ、と思った。

さすがゴールデンウィークだ。
京都駅に行くまでの電車はぎゅうぎゅうづめ。電車通勤だが、満員電車には慣れていない。リュックを前に抱えて乗る。その手と腕は、緊張で力が入っていた。早く着いてほしいなあと思っていたら、「もうちょっとやで」と声をかけられた。わたしに、ではなかった。おばあちゃんが小学生ぐらいの女の子に声をかけていたのだった。おばあちゃんが途中まで迎えにきたのかな、帰省かな、いいなあと思い、その子の家の晩御飯を勝手に想像していた。きっとご馳走だ。ちらし寿司と唐揚げとかね。食卓は女の子が好きなものばかりだ。おばあちゃんは料理上手っぽい。はりきって孫のために作るだろう。あれこれ想像を楽しんでいたら、京都駅に着いた。

京都駅は大変混雑していた。すでにヘロヘロだった。そのなかを、近鉄電車の乗り場目指して、ひとりで頼りなく、ふらつきながら歩く。本当に頼りなくて、自分でもちょっと笑えた。




近鉄奈良駅までガタゴト揺られる。
およそ45分間。
どんどん紙芝居みたいに変わっていく景色を眺めながら、いい天気だなあ、と思った。窓から入る光が眩しくて目を細めるけれど、防ぎきれない。雲ひとつない、贅沢すぎる青い空を、窓枠が次々と切り取っていく。



電車の中は家族連れが多い。泣き声が聞こえた。声の主を探すと、2,3歳の女の子だった。彼女には大きすぎる電車の長椅子に座って、嫌だあ、嫌だあ、と泣き叫んでいた。きっと何が嫌なのかもわかっていない。とりあえず「嫌だ」と叫ぶことに全身全霊をかけているようだった。そういう時期なのだと思う。

わあわあと全然泣き止まない女の子に、お父さんは周りの目を気にして少し嗜めた。けれど何も変わらない。女の子は顔から出るもの全部流して、泣き声は大きくなるばかりだった。



困ったお父さんは、「仕方ないなあ」と言わんばかりに、女の子をそっと抱き上げ、背中をとん、とん、とやさしくたたきはじめた。すると、女の子は嘘のように、ピタリと泣き止んだ。そのあとも、とん、とん、と一呼吸ずつ、女の子の背中をやさしくたたきつづける。女の子はだんだんとろりとした目つきになって、頭をお父さんの肩にもたげ、すやすやと気持ちよさそうに眠ってしまった。

なんとやすらかな。

その瞬間、あたたかいスープを飲んだような気持ちになった。じんわりと体全体に広がって、思わずうるっとなる。


女の子が求めているのは、これだったんだ。
この安らぎで、他には何もいらなかったんだ。


このお父さんすごい、と思った。お父さんだけじゃなくて、お母さんもこういう力を持っているんだと思う。この家族だけじゃない、皆そういう力をもっているのではないか。自分たちが気づかないだけで。 

少し気持ち良くなって、うとうとした。

⭐︎

近鉄奈良駅に到着。

奈良にきた


目の前にコンビニがあって、「ここがこの先最後のコンビニ」みたいなことが書いてたので、ツナマヨと梅のおにぎりを買った。


それからは人の流れにのって、ひたすらてくてく歩く。懐かしい。来るのは8年ぶりぐらいか。いや、もっと経っている気がする。今まで奈良に来なかったのが不思議なぐらいだ。頑張れば行ける距離なのに。



興福寺を過ぎて、奈良公園が見えるあたりから、屋台がぼちぼちあらわれ始めた。鹿もいる。


イカ焼き。
ソフトクリーム。
鹿せんべい。
りんご飴。


こういう屋台が並ぶ道が好きだ。
みんながふらっと、美味しそうなものを選んで、好きな人と楽しく歩いている。この日はとても暑かったので、ソフトクリームを持っている人がたくさんいた。お土産もの屋さんの、仏像フィギュアのガチャガチャが気になった。阿修羅像がかっこいいなあと思ったけれど、立ち止まらずにそのまま歩く。可愛らしくてほっこりとしたご飯屋さんは、外まで人が並んでいる。いつか入ってみたいなあと思いながら、やはり足は大仏さまのほうへ向かっている。

南大門に着いた。

大華厳寺。華厳宗の総本山でもある。

金剛力士像に迎えられる。

向かって左側。阿形(あぎょう)像。怒りをあらわにしている。
向かって右側。吽形像(うんぎょうぞう)。怒りを内に秘める。


木彫りとは思えない。筋肉や皮膚の質感、裳のひらひらと波うつ様子は、まるで本当に生きているようで、今にも飛び出してきそう。守護神は敵の侵入を許さない。門番はきっと何でもお見通しなので、誠意のないことをすれば粉々にされるだろうな、と思い、ふるえる。悪いことはしていないつもりだけど…そう問いかけると自信がなくなる。わたし、何もしてないよな、よし、とどきどきしながら門をくぐる。


ついにきたんだ、と思った。

つづく



ありがとうございます。文章書きつづけます。