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2019年にハワイで入国拒否にあった話【後編】~留置所で丸裸にされ、帰国後法律事務所に相談して日本とつながりが薄い人間と判断された~

創価学会員 5世 未活動のゆるめです☺
タイトル打ってて自分で笑ってしまいました。

前回の記事 ↓ の続きです^^

留置所に送還され丸裸にされるの巻

"留置所"が正しい名称なのか分かりません。
ただ、帰国便は翌日だからどこかに連れていかれるということだけは分かっていました。

入国拒否を言い渡された後、荷物をすべて預けることになりました。
服も自分が持っている服の中でも簡易的なものに着替えさせられ、金属類は全て外すよう言われました。
所持金やスマホ類の貴重品は全てチェックリストがあり、何をどれだけ預けたか入国審査官が記入して一緒に確認しました。

これは余談ですが、とにかく冷房が強くてほんと寒かったです。
私と一緒に行った子だけでなく、若い日本人男性も理不尽な理由で入国拒否にあっていて、色々話しました。
そして、私が着替えている間にその男性が入国審査官からカップラーメンをもらって食べていましたが、「めっちゃまずい」て言ってました(笑)
私は冷房が寒くてお白湯と激アマクッキーをもらったんですが、お白湯が冷めてただの水になったときに激マズでびっくりしました。笑
一緒に行った子は、ペットボトルのミネラルウォーターをもらってましたが、それも「まずい」って言ってて、「はよ日本に帰らせて~( ;∀;)笑」ってなりました。笑

その後、入国審査官に呼ばれて、なんと、後ろ手で手錠をかけられたんです!!
もうね、衝撃も衝撃ですよ。
え?私犯罪者なの???ってなりました。ショックで。
手錠がめちゃくちゃ重く感じましたよ。
全員手錠をかけられて、護送車に乗り、着いたのは留置所みたいなところでした。
そこで男女分かれたので一旦その若い男性とはバイバイして、女性用の留置所へ。
そこでまず着衣のまま何も持っていないか身体検査されました。
その後、仕切りのある部屋に連れていかれて、「全部脱いで」と言われ、着替えるのかと思ったら、裸になった時点で両手を挙げさせられました。
「え?ビザ違いなだけで あかん薬やってる人間みたいな扱いするやんw」と思いながら、正面と背面を見せました。
また正面に向き直したときに「口の中をみせて咳をして」といわれ咳をし、口の中を見せました。
そしてまた後ろを向いてしゃがめと言われ、股を閉じてしゃがんだら「No!このように」と股をひらいてしゃがむポーズを見本で示されて心の中で「入れてるわけないやろーーーーーー!!!!(怒)」って叫びました。
言われた通りしゃがんだら「少し力を入れて」と言われて「どんだけ~」ってなりました。笑

勿論何も無いのでスムーズに終わり、下着と囚人服と靴下と靴を渡されました。
下着も靴下もボロボロで、囚人服は色の褪せた緑色で、一緒に行った子なんて靴のサイズさえ適当でめっちゃでかいの履かされてて思わず笑ってしまいました。

その後、指紋取られたり、写真撮られたり、謎の装置に立たされたり、質問攻めにあったりしました。
その質問攻めの時は本気で知らない英単語がほとんどで、途中で質問してきた人が諦めて、たぶん大丈夫な方に☑をダーーーっと入れていきました。笑
分かった質問の中で衝撃だったのは、「同性愛者か?」「エイズになったことがあるか?もしくは治療中か?」「最後にセックスをしたのはいつか?」とか結構性について聞かれたことでした。

色んな検査が終わってしばらく檻の中で待たされました。
その間に現地で捕まったであろう子が入ってきて「中国人?韓国人?日本人?」と聞かれ「日本人」と答えたら「珍しい」と言われ恥ずかしくなりました。
コミュニケーション力が無いのでその後は無言でした。笑

留置所内~帰国まで

呼び出され、いよいよ自分が一泊する場所に連れていかれることが理解できました。
連れていかれる直前に茶色い袋を渡され、なにこれと思って「これは何ですか?」と聞いたら「パン」と言われました。
食事をもらえると思ってなかったのでうれしくて「Thankyou!」と伝えると「え?笑」って顔されました。笑

長い廊下を2分~3分くらい歩いたと思います。その途中途中にも金属探知機があり、必ずそこをくぐらなければいけませんでした。

ようやく大きな扉の前について入ると、けっこう広い場所でした。
そこには既に留置されている囚人?の女性たちが沢山いました。
広~いスペースが真ん中にあって、食事や会話が楽しめるような机や何に使うか謎のPCがありました。
更には端にジムスペース(ランニングマシンとかあった)やシャワー室もあって、「健康やな」ってなりました。
その広いスペースを取り囲むように、個室がダーーっとあり、そのうちの一室に案内されました。
二段ベッドがあり、渡されたぼろいシーツをぼろいマットにつける作業を、他の囚人の人たちが手伝ってくれました。
枕はあったか覚えていません。掛けるものは布切れ一枚で、やはり冷房が効きすぎて寒かったです。
一応歯ブラシと歯磨き粉を渡されたような記憶があります。

もらった茶色の紙袋に入ったものを広間で食べるとき(まずかった)、そこにいた囚人の女性が私と一緒に行った子にリンゴを丸々一つずつくれました。
ちょっとだけ日本語がわかるという理由で通訳をさせられてた囚人の人もいて笑、なんの罪を犯したのか知りませんが、皆さんあったかく接してくれたし、助けてくれたし、「大丈夫ですよ」って言葉をなんどもくれました。それに本当に感謝しています。

その日は一瞬寝ましたが、やはり衝撃が大きくて、寒いし色々ぼろいし笑、まともに眠れませんでした。

次の日の朝、朝食取ってる最中に呼ばれて、朝食置き去りにして身体検査された場所まで戻り、そこで自分の服に着替え、また手錠をかけられてホノルル空港まで護送されました。

ホノルル空港には、もう人が大勢いて、その前を手錠かけられたまま通過するという辱めを受けました。つらかった~笑

ハワイの地を踏んだのは、護送車にのる前と護送車から降りたときだけでした。(遠い目)

帰りの飛行機では頭痛が酷くて何も食べれず、2回吐きました。

法律事務所に相談して
私は"日本との繋がりが薄い人"と判断された

今後ESTAは使えなくなると分かっていたんですが
観光ビザを取るのがどれくらい困難になるか知りたくて相談しました。

ここに書いた内容より勿論もっと詳細に、入国審査時に何があったか記載し、法律事務所が求める書類をすべて用意して送りました。
その時、前編で言ってた「サインした書類のコピー」が無いことに気付きました。
一緒に行った子や偶然一緒になった若い男性にもコピーをもらったか確認したら「もらっていない」と言ってました。適当極まってるな(笑)

結果連絡が電話であり、私が入国拒否されたのはもう仕方がないということで(不満)、今後の観光ビザも以下の理由で取れる可能性は30%と言われました。

・一人暮らし
・配偶者や子どもがいない
・(当時は)仕事をしていない
※仕事をしていても長く勤めていなければいけない

そして、これらは私が日本国籍だろうが関係なく
"日本との繋がりが薄い"と判断されるのです。
所謂、どこでも住めるような自由な身であり、アメリカに観光ビザで不法滞在したり働いたりする可能性があると判断されるとのことでした。

では、この状態で観光ビザを取るにはどうしたらいいのか。
・まずは働くこと
・私がちゃんと帰国することを示すような書類を集める
・帰国すると信じられる人間であると両親等に書いてもらう

これでも、可能性はかなり低いとのことでした。
これ以上に可能性を上げるとしたら、冠婚葬祭で行くことになる場合だとのことでした。

書類作成等のお手伝いはしてくれるとのことでしたが、
私はもうこの時点で諦めました。
その時、星野源がNYでコンサート予定だったので、ダメ元ではありましたが一縷の望みを以って相談しました。
しかし、理由が薄すぎて(笑)
「今の自分は日本とつながりが薄い人間なんか」と、苦笑いとともに諦めの心が勝ちました。

アメリカ人の配偶者でもできれば行けるでしょうね☺

以上が私がハワイで入国拒否にあったお話でした。
日本人では珍しい話でしょうね。

当時は帰国してから「自由に街を歩けるってすごい!!✨」ってなるくらい色んな事に感謝していました。
同時に、英語を聞くと吐き気するくらい拒否反応もありましたが、今はもうありません。

滅多にできない(したくないけど)経験ができたと今は思えます。
は~!書けてスッキリした!\(*^▽^)/✨

長文お読みいただきありがとうございました☺
                               ゆるめ

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