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愛と家庭と仕事と女

爽やかな日差しが差し込む気持ちのいい朝。

カフェの椅子に靠れ、コーヒーを啜りながら男性の友人が私に語りかけた。

「この間見つけた記事なんだけど、既婚で子供のいる女性よりも独身で子供がいない女性の方が幸せらしいよ」

私は、この言葉に「30代以降で稼ぎもあれば、これからの時代は女性も気楽に一人暮らしの方がいいのかもね」とぶっきら棒に返したが、カップに注がれたコーヒーが無くなった後も、何故かその事が頭から離れなかった。

何かが引っかかった私は、家路についた後に直ぐその記事について調べ始めた。


彼が私に教えてくれた話は、2019年の行動科学者であるポール・ドーランによる研究結果であった。

“男性は結婚によりリスクを犯すことを避け、仕事の収入は上がり少しだけ長生きをするが、女性はその結婚によりその状況を耐え一度も結婚しない人たちよりも早死にする。最も健康的で幸せなのは、一度も結婚せず子供もいない女性だ。”−The Guardian紙

私はこの研究結果の内容に、自ずとため息を漏らすと同時に「余計なお世話だわ」とぽつりと呟いた。

勿論、研究結果なので事実を的確に述べることに意義があり、そこに個々の感情や意見は入れるべきではないのかもしれないが、どうも納得がいかず気付くと眉間に皺が寄ってしまうのである。

私の心に生まれたこの歪みの根源は一体何なのかと、記事をゆっくりと咀嚼していくと、幾つか視えてくるものがあった。


先ずはっきりと言えるのは、ここで述べられている幸せの基準が「寿命」だということ。文面には直接出てはいないが、要は長く生きる事が何より幸せなことだと言っているのだ。

この時点で既に、私の背中はむず痒くなっている。

「これは研究結果である」ということと、案の定私が生理前であるということを差し置いても、読めば読むほどにもうイライラが止まらない。

"さわるな危険!!"状態の私の手にはじわっと汗が滲み、遂に「人の幸せの物差し、勝手に決めてんじゃねぇよっ!!!」と、心の声が口から飛び出し、その勢いでマグカップから冷めたコーヒーが飛び跳ねた。

補足しておくが、私は非常にエレガントな人間なので、悪条件が揃う稀なケースでない限り、こうしたお下品な言葉遣いはしないと先に述べておこう。


わかりやすく女性だけをターゲットに絞って考えてみても、当たり前の様ではあるが、独身女性と既婚・子持ち女性のどっちが幸せかなんて比較しようがない。

当事者でもない赤の他人が、彼らの幸せを理解することもできなければ比較することもできんだろう。

それがもし"学術的な研究の結果"だとしても、そこで述べられている勝ち組は、研究者の独断と偏見によって定められた「寿命」という一つの仮想の幸せ基準を満たし、優勢に働いた者だけなのだ。

私はひとり、ズズッと音を立てながら再びコーヒーを喉に流し込んだ。


人は何かを基準にして、ある特定の比較相手を見つけることで自分の豊かさや幸せを見出すことも多々あるが、そういった方法で得られる幸福感や満足感なんてものは非常に短期的でちっぽけなもので、心にぽっかりと空いてしまった穴を修復するには十分ではない。

一時的に仮で穴を覆うことしか出来ず、本質的には満たされることはないのだ。

自分より下に見た彼らの何が一体分かるというのか。

何を知った上で身勝手に順位をつけているのか。

既婚で子持ちの女性たちの日々の苦労や、言葉にならない家庭というものから得られる何にも代え難い幸福感というものを、独身女性は知らない。

独身女性が時として感じるかもしれない不安や孤独、それと同時に得られる既婚者にはない自由と気楽さという幸福感を、既婚・子持ち女性は知らない。

人それぞれライフステージや状況も違う。それに、人生において求めるものや、何で幸福感を得られるかは個々によって全く違うのだ。

一度も結婚したことのない女性の幸せと、パートナーと子供が居る女性との幸せを比較し優劣をつけることなんて不可能な事であり、優劣をつけるべき事ではない。

しかも、このような努力だけでどうにもならないことなら尚更の事である。

こうして私は、開いていたパソコンをゆっくりと閉じ、今の自分の人生への満足度をぼんやりと評価しながら残りのコーヒーを啜った。


ヒトという生き物は、いつの時代も不思議と隣の芝生は青く生い茂って見えるもの。

そんな趣味の悪い他者との比較やステータスというものを一度取っ払って、自分の今の生活の中に「自分だけの幸福」を見出すのも悪くないものよ。


窪 ゆりか

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