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クリス・オウエンのツイート - なぜロシアの兵士はウクライナでの戦闘をやめて家に帰るのか? パート4

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ロシア兵はウクライナでの指揮官をどう思っているのか?このシリーズ第4回目では、@wartranslatedが翻訳した兵士の個人アカウントや傍受した通話内容から、ウクライナ戦争におけるリーダーの欠陥やロシアの戦術について彼らが何を語っているのかに注目して行く。 

第1回目は、一般のロシア兵がウクライナで戦う動機となった要因について:リンク

第2回目では、志願兵の訓練不足、装備不足、前線に到着する前に物資が略奪されるなど、士気を下げるようなことがあったこと:リンク

第3回目は、ロシア人兵士が戦場でのトラウマで、いかにして辞めたくなるかについて:リンク

指揮官に対する不満は戦争ではよくあることだが、ロシア兵は他の兵士よりも不満を持つ理由があるように見える。最近の米国の報告によると、この戦争でこれまでに7万5千人以上のロシア兵が死傷している。

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このスレッドで紹介している元ロシア軍契約兵士のビクトール・シャイガは、その体験談の中で、上級指揮官について痛烈に批判している。しかし、彼が「良い」指揮官と「悪い」指揮官を区別していることは注目に値する。

部隊長のグザエフ上級中尉を「真の将校であり、非常に良い人だ...親切で人道的だ」と賞賛している。これに対し、大隊長のヴァシュラ少佐は、死傷者に無関心なようだった。

シャイガによると、ヴァシュラ少佐は、大隊の攻撃意欲を高めるために、「編隊の前で、攻撃に行かない者の脚を撃つと言った。俺は陣地から、それは違法だ、無法だと怒鳴りつけてやった。」

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「彼は何も答えず、足を撃つという話題から話を変えた。」

ヴァシュラ自身は攻撃に参加しなかったようだ。シャイガのコメント 「大隊が攻撃するのであれば、大隊長は、戦車や地下室でじっとしてないで戦わなけりゃダメだ。」

ある兵士は傍受された会話で、どうやって他の部隊が自分達の大隊長を捕虜にしたかを説明していた「逃げないように無理やり引き留めたんだ。300人もの怪我人がいたからだ。」

シャイガは、ヴァシュラの行動を、「22人と共にBTR戦車に乗り込んで助けに行き、2日間も一緒にいた」別の大隊長の行動と対比させる。

「指揮官が自分達と共にいると感じた時、自分達が評価され守られていると感じた時、部隊は死ぬまで戦うんだ...指揮官が自分達のことなんかどうでもいいと直接悪態をついていたら、どうだ?」

「俺達の指揮官は俺達のことなんか気にもかけていなかったと理解してる。」とシャイガは結論付けている。ハリキウ地区の他の兵士達も、自分達の指揮官について同じように感じていた。母親との通話を傍受されたある兵士は、「俺達の将軍はあだ名があって、”血まみれ将軍“、“コリバン”(アルタイ地方の地名)、“アニマル”と呼んでいる」と話していた。

ウクライナの報告によると、あるロシア軍の大佐は、部下をたくさん殺された報復に、部下に(戦車で)轢かれたそうだ。「戦闘中、好機を選んだ(ドライバーは)隣に立っていた戦車隊長を轢き、両足を負傷させた。」

シャイガは、2022年4月から5月にかけて軍がウクライナ領のドフェンケ村への襲撃を繰り返し、多数の死傷者を出したことを痛烈に批判している。「なぜこんな非常識な突撃に駆り出されるのか、俺達はずっと疑問だった!」

「俺達は、多分砲撃している間に敵の大砲の位置を特定するためではないか?と思った。あるいは、ウクライナ軍が砲弾の在庫を使い果たすためか?それから、ウクライナ軍の注意をそらすためか?わからない。」
 
他の兵士達 も、通話を傍受して同じようなことを言っていた。ある兵士は「彼らは我々を虐殺のための大砲の餌のように送り込んだ」と言い、別の兵士は「奴らは俺達をクソ肉のように投げ込んだ」と言った。ある兵士は、ドブェンケの占領に失敗したことを話しているようで、こう訴えた。

俺達は1つの村も占領出来なかった。兵士は(現地に)行って20人が死に、100人が負傷した。2月23日以来、我々は畏敬の念を抱いている。今もなおそうでだ。ここでは全て腐敗していて、メチャクチャだ。 イジュームでは兵士は地面に激しく走り込み、奴らはみんな終わった。」

「戦車もAPCもなく、ただひたすら歩道橋を往復させられた......。」
シャイガは、「嘘の連続のせいで、もう自分達の指揮を信じられなくなった」と感じていた。

「攻撃の前に2度、全てうまくいく、敵の砲兵隊は制圧した、我々の前方には他の部隊が既に進撃していて、我々はそこに到達するだけでいい 」と言われた。

「しかし、そのたびに嘘がばれて、無意味な犠牲を払うことになった。」
このことは、兵士達のやる気を大きくそぐものだった:「指揮官達が、あんなに嫌で下品な態度をとることで、多くの兵士がこの部隊に残って戦いたくないと思っていた。」「俺もそうだった。」

一般兵はほとんど評価されなかった。シャイガの仲間の兵士達にも勇敢な者が多くいたのにも関わらず、「この全期間、師団全体では将校ばかりが国家勲章をもらっていた。軍曹も二等兵も一人も受賞していない。」

シャイガ師団の兵士達は、休養の機会も与えられなかった。「ウクライナに2週間から1カ月いて、10日間ほどロシアで休養すると言われた。しかし、それも嘘だった。」

「具体的には、うちの部署ではローテーションがなかったんだ。2月24日にウクライナに入った契約ボランティアは、まだあっちにいて、ロシアに帰ることはない。俺達も同じで、残れば契約終了まで、つまり9月までの半年間、そこにいることになりる。」

軍隊の司令官は、部隊を交代させるのではなく、最小限の訓練を受けた新しい志願兵を、消耗した部隊に送り込み、そのまま戦場に赴かせた。ある兵士は、「志願兵は、歩兵として投入される。歩兵と偵察は生きた肉だ。」と言っていた。

「俺達は40~50~60人の集団で攻撃するように言われた」とシャイガは書いている。しかし、「誰もが、まず航空、大砲、ミサイルでウクライナ軍の最強の拠点を破壊し、その後にドフェンケに向けて多方向から大量の歩兵攻撃を仕掛ける必要があることに気付いた」と言う。

「5月上旬には、攻撃要員はたった7人を送り込むようになった!」とシャイガは言う。そして、「ただドフェンケの奪取という任務があるために、できる限りの人数をただ送り込んだだけだ」と結論づけた。

彼は、ロシアの司令官が故意に嘘をつき、希望的観測をしたことを示唆している。ある時、8機のヘリコプターによる攻撃支援が命じられた。「8機のヘリコプターのうち離陸したのは2機だけだった。他のものは壊れているか、燃料がないかのどちらかだった。」

「1機のヘリだけが目標への発射に成功した。全ての目標に命中したわけではない。というか、実に8割の目標が命中しなかった。しかし、この作戦の指揮官は、司令部に ”全て順調で、全ての目標に命中した“と報告した......。」

「何でこう言う人命や車両の大きな損失が起こるのか、俺には理解できる。上官は、全て目標に命中しているのなら、戦車と歩兵をこの地域に派遣して攻撃すればいいと思うからだ。」

「その結果、戦車を持った歩兵が移動し、ありとあらゆる武器で砲撃された...我々の戦車は攻撃中や行軍中に何十台もやられた...我々はBTRとBMP、トラック、工兵車など膨大な車両損失を抱えている..」

ロシアの戦車が攻撃されてるいる映像へのリンク

燃料トラック運転手は、基本的な装備や部隊の保護がないため、特に弱い立場だった。シャイガは5月8日、第3機動師団に所属する中央軍管区の燃料トラック運転手と議論した時のことを語っている。

「運転手は、イジュームに2週間滞在し(その後、燃料を調達するために数日間ロシアに戻る)、しばしばGrad(ミサイル)とTochkha-U(ロケット弾)で砲撃される。彼は、何の援護もなく20-40台の車列で移動していると言っていた。」

ロシアの燃料トラックが攻撃されている映像へのリンク

運転手達は「自分達の金でラジオを買って、それで連絡を取り合っていた。」ある時、ウクライナのGrad(ミサイル)に攻撃されて散り散りになったが、「無線のおかげで何とかまた集まった。その時は燃料タンカーが2台やられた。」

ドンバス地方の親ロシア派分離主義勢力が放棄した車輪のないBTR装甲車を、トラック運転手が入手した。それを自分達で修理し、隠れ蓑として持っていく計画だ。「もしかしたら、もう2-3台のBTRがどこかで見つけるかもしれない」とシャイガは言っている。

ロシア軍は他の地域でも、装備品を購入するためにオンラインのクラウドファンディングに頼っている。通話を傍受した例では、「負傷した兵士達はナイトビジョンを買って戻って来ている。それ以外は何もない... 」と言っていた。

ある旅団長は、装備のための資金を得るために、ウクライナの養蜂場(「ここにはクソみたいにある」)を略奪した。「そうだ、ここに旅団長がいるんだ。彼は蜂蜜を売ってUAVを買っていた。200リットルの蜂蜜樽を売って、UAVを4台買ったんだ。」

更に悪いことに、イジュームの部隊が受け取る物資の中には、役に立たないものもあった。建設部隊は鋤が少なすぎるし、ピックもない。ある時は、部隊は「靴墨とトイレットペーパーを積んだKAMAZトラックを受け取った」こともあった。

「トイレットペーパーは、雨漏りのするトラックで土砂降りの雨の中を移動したんで、もちろん完全に浸水していて、乾燥しなければ使えない(トイレットペーパーの大規模な吊り干しの問題は、今、司令部と合意中だ)。」 

ロシア軍の通信事情は、シャイガの部隊にとって大きな障害となった。彼が話した偵察兵によると「大隊と連隊、連隊と師団の間の連絡や交流がうまくいかないことが多い」と言う。

また、ハリキウ近郊の戦闘に参加した兵士は、「敵対関係の主要期間中の通信は、戦列の第一線ではせいぜいTA-57の野戦電話でまかなわれたが、大部分はメッセンジャーによって行われた」と書いている。

シャイガら兵士は、ロシアの砲兵隊を「不正確、非効率、無反応」と酷評し、スィヒフカの自分の部隊をウクライナの砲兵隊に丸一日、平然と砲撃させたこともあると言う。

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「灌木の中に大砲がたくさんあるのに、一発も当たらないんだ。」とシャイガはコメントしている。彼は、他の兵士に、何で砲兵はこんなに準備不足なのかとと尋ねた。

彼は 「写真報告だ。まともな射撃もせず、ただ写真を撮って、万事順調、全弾命中と書いている 」と言った。

ハリキウ近郊のある部隊にいたある兵士の傍受された通話で、兵士は「大砲は、ミスをキロ単位で測定できる程とても曲がっているんだ。本当に悲しいよ。」と母親に話している。(負傷者の代役として)、新たに資格を得た多くの砲兵は、効果がなかった。

「兵士達はモスクワのナロ・フォミンスクに連れて行かれ、戦車の訓練を2日、砲兵の訓練を2日、それだけで、前線に送られたんだ。そして、彼らは何も撃つことができない(当たらない)。何もだ。」

指揮官の無益さ、冷酷さに、シャイガは戦意を喪失し、ロシア軍を辞めざるを得なくなった。そんな彼に、ある運転手が言った。「お前のアイデアに奴らが何をしたか分かるか?小便をひっかけられただけだ。」

次のスレッドでは、ロシア軍が契約を破棄して軍を去ろうとした時に、何が起こっているのかを見ていきたいと思う。/終




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