イタリア語ディクション・導入編

◆ 実は、ローマ字読みではない!?

声楽を習い始める時、誰しもがイタリア語の歌から始めますよね。
イタリア語が発声の基礎を習うことに適していることはもちろんですが、「外国語だけどローマ字読みで歌える」「基本的に全ての言葉がカタカナに置き換えられる」ということも、イタリア語の歌が初学者向けである理由のひとつでしょう。

しかし、厳密に言えば、イタリア語はローマ字読みでは歌えません。確かにイタリア語にはカタカナと似ている要素もたくさんありますが、実際にはかなり異なる音声世界なのです。この違いを学び、習得することは、より楽でより美しいイタリア語歌唱へのステップの一つです。

「ローマ字読み」「カタカナ」という認識そのままに、それ以上の知識にアクセスしそびれたまま何年も学習を続けてしまうというケースが非常に多いように思います。一生懸命ディクションを勉強されるドイツ語、フランス語、その他の言語に対し、イタリア語に関しては多くの方が「なんとなくの知識」のまま、置いてけぼりになってしまっています。
いま私はMETで色々な歌手研修生の学習過程を観察していますが、みんな他の言語とまったく同じようにルールを覚え、分からないことは逐一調べ、専門家のアドバイスを乞い、美しいイタリア語歌唱を習得する努力をそれぞれしています。
世界一流の歌手たちが集うMETの本公演にさえ、イタリア語ディクションコーチが入り、すべてのリハーサルに同席して、歌手たちにダメ出しをします。

日本の声楽学習者の皆さんの脱・カタカナ、脱・ローマ字読みを促し、皆さんの歌われるイタリア語がもっと楽に、もっと美しく響くためのヒントを提供したいという思いで、このシリーズを始めました。
まずは第一歩、導入編として、イタリア語の母音を見ていきましょう。

◆ イタリア語の母音は7つ

イタリア語で登場する母音の文字は、a e i o u の5つ
しかし、発音される母音は、7種類あります。「アイウエオ」の5種類以外にも、実は何かがあるということですね。
5つの文字に対し7つの発音…つまり、5つの文字のうちのどれかが、複数の方法で発音されるということです。
表で見てみましょう。

画像1


eとoそれぞれに、2種類の読み方があります。
それぞれ、一つ目は閉口母音、二つ目は開口母音です。
それぞれの特徴を見ていきましょう。

注意 :この解説は、楽譜に印字されている「印刷上のé、è、ó、ò」とは関係ありません。ここではあくまで「音声としてのé、è、ó、ò」について解説します。

◆ ふたつの『e』

① 閉口バージョン『é』/[e]
文字のてっぺんに右上がりの「チョン」がついた『é』「閉口のe」として認識します。IPA(国際音声記号)での表記は[e]となります。普通の「小文字のe」と見た目は同じ。
この閉口の『é』は、その名の通り少し口を閉じた、i に少し近い発音になります。カタカナで例えるとするならば、イとエの中間と言ったところ。ひょっとしたら日本人の耳には、どちらかというと「イ」として認識されるかもしれません。
しかし、だからと言って、唇を「イー」とやって作るのはNG。顔まわりに余計な力が入ってしまいます。唇は楽に、舌を使って、口の中に『é』の空間を作りましょう。唇を使うよりよっぽど楽に、響きの良い母音が作れるはずです。

② 開口バージョン『è』/[ɛ]
今度は、右下がりの「チョン」がついた『è』「開口のe」として認識します。IPAでの表記は[ɛ]となります。数字の3を左右逆にしたみたいですね。
この『è』は、その名の通り、口を開けたeの発音になります。『é』と同じく、この『è』母音を作るのは舌の位置です。舌は閉口éを発音する時より下に置きます。少し「ア」に近づくと言っていいでしょう。

◆ ふたつの『o』

基本的な違いは、ふたつの『e』のパターンと同じです。

① 閉口バージョン『ó』/[o]
文字のてっぺんに右上がりの「チョン」がついた『ó』「閉口のo」として認識します。IPAでの表記は[o]となります。普通の「小文字のo」と見た目は同じ。
この『ó』は、その名の通り少し口を閉じた、u に少し近い発音になります。カタカナで例えるとするならば、オとウの中間と…ってちょっと待った⚠️⚠️声楽のレッスンで、「ウ母音が浅い/狭い」ってもう5万回くらい言われたことありませんか?
日本人の「ウ母音」の浅さは世界的にも悪名高い代物。ここは「オと u の中間」と認識しておきましょう。

② 開口バージョン『ò』/[ɔ]
今度は、右下がりの「チョン」がついた『ò』「開口のo」として認識します。IPAでの表記は[ɔ]となります。アルファベットcを左右逆にしたみたいですね。
この『ò』は、その名の通り、口を開けたoの発音になります。少し「ア」に近いと言ってもいいでしょう。口を開くために顎をグッと下げることは避け、顎の力は抜いたまま、唇を少し上方向に丸くするイメージで作りましょう。

◆ 発音してみよう

では、どのように開口・閉口のeとoを使い分けるか、実際に見てみましょう。
こんな例はいかがでしょうか?

Sento nel core

たくさんeとoがありますが、見た目からは開口か閉口か分かりません。
実際の音声上の開閉口はこのようになります。

Sèntó nél còré
(Sɛnto nel kɔre)

母音は、(開閉閉開閉…だとあまりに見づらいので)
ズバリ 広狭狭広狭 です。
では、一つ一つの母音に留意して発音してみましょう。
さあ、Sèntó nél còré、広狭狭広狭。

この時に大事なのは、顎と唇に余計な力を入れず、良い響きで楽に発音することです。良い発音は、楽な発音。リラックスした状態でこれらの発音をすれば、少ない力で簡単に母音が響き渡るはずです。

さあ、いかがでしょうか?ローマ字読みとはだいぶ違った感触ではありませんか?それが、イタリア語ディクション習得への第一歩です。

でも、実際の楽譜にはいちいちèだのóだのと、「チョン」が書いてありません。母音の開閉口はどうやって判断すればいいのでしょう?
他にも例えば…二重母音はどうやって発音するのでしょう?
あとは…母音だけではなく、子音にだってきっと知られざるルールがあると思いませんか?

更なる解説は、「子音編」「母音編」(準備中)の各記事で扱っていきたいと思います。
また、オンラインレッスンではこういったことを解説しながら、実際に発音をしていただき、指導を行います。その際に、これらの記事を教材として無料で提供いたします。

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