【感想】大人の読書感想文【十角館の殺人】
・著書 十角館の殺人
著者 綾辻行人 出版 講談社
・感想
それがいつからだったのか……。
小学生の頃には……、いや、もしかしたら中学生の頃にも感じていなかったように思う──人が死ぬ作品に対する嫌悪感。
嫌悪とは少々言葉が強いですね。苦手とこの場では言い換えておきましょう。
子供に生と死の意味を問うのは酷であろうが、子供ながらに考えを巡らせたことがあります。
天国と地獄があり、徳を積めば天国、悪行を重ねれば地獄に行く。仲の良い友人と死んだあとも楽しく遊ぶため、徳を積むと決心した僕に父親は、
「死とは脳が死ぬということだ。思考は遮断され、目の前に広がるのは暗闇のみ。そもそも、その暗闇すら暗闇として認識できないだろうがな」
がはは! と、アルコールにコーティングされた父親の言葉が僕の思考を鈍らす。
僕は両親を愛しています。僕をここまで育ててくれた恩は、いつか形あるもので返したいと思うほどに。それでも僕が、父親をつまらない人間だと認識しているのはきっと、この時のエピソードに起因しているんでしょうね。
作品と一口に言っても様々で、小説からゲーム、アニメに漫画、映画にドラマと、枚挙にいとまがありません。
まだ自分の言葉すらまともに理解できていない時期は、特撮が好きでした。誕生日やクリスマスに変身ベルトをねだる、そんな子供でした。
特撮で学んだことは一つ──正義は必ず勝つということ。
正義は勝ち、悪は淘汰される。その結果、悪は滅び、最終的には──死にます。
それがいつからだったのか……。嫌悪にも似た苦手意識を抱いたのは。
それでも覚えている限りでは、高校生時代にハマっていたゲームの主要キャラがストーリ途中で死に、作品からフェードアウトしたあの瞬間。
悲しみではなく、僕の心臓をわしづかみしたのは──怒りでした。
僕は学びました──人が死ぬと怒りが沸く。
怒りの矛先は自分です。自分自身の不甲斐なさがどうしようなくムカつく。フィクションと現実の区別はついているのに、分別がついていない。怒りを受け入れられるだけの器量を持ち合わせていない。
だから、矛先を変える。自分に向けられていた矛を持ち、先端を別の人間に向ける。
次第、矛を持つ手に力が入り、怒りは殺意へと変わる。
まぁ幸いなことに、僕の怒りはまがい物のそれで、一週間もすれば元通り、能天気な自分に戻ります。
でも現実の世界で、もし大切な人を失ったら……、と考えた時、僕の手には一体、何が握られているんでしょうね。
『十角館の殺人』──<館>シリーズ一作目。
冒頭で人の死ぬ作品は苦手と表明しましたが、確かに苦手ではあります。でも、作品として堪能できるほどには、自分の感情を飼い慣らせるようにはなりました。
その上で、誰もが知っていて、誰もが読んだと言っても過言ではない綾辻行人さんの代表作を、大縄跳びに入れない子供のように、いつか読もういつか読もうと眠らせること早十年、ついに飛び込む時が来たのです。
心の準備はできていた。上手く着地できるよう、頭の中で何度も何度もシュミレーションをしたのにも関わらず、縄に足をとられ、頭を地面に勢いよくぶつけた、そんな衝撃を受けました。
あんなにも懐いていた感情が、世界新記録を狙えるほどの速度で逃げていきました。
中村青司が設計した建物では何かが起こる──<館>シリーズにおいてこの設定は、読者に嫌な汗を流させます。
<館>シリーズは『十角館の殺人』しか読んではいませんが、読書感想文らしく、ここは一つ自分の考えを述べてみようと思います。
くどいようですが、あくまでも『十角館の殺人』のみを読んだ人間による、中村青司と館の関係についての考察です。
まず前提として、中村青司は建築家です。天才と言われた中村青司は、建物ごとにいたずらをする。
本書に登場する十角館は、その名の通り建物が十角形の形をしており、食器にコーヒーカップまでもが十角形と、異常なまでに統一された設計になっています。そして、十角館は中村の別荘でもあり生前の住居でもありました。
いたずらという名の遊び心はそれだけではなく、隠し部屋も存在するなど、中村青司にとって館は、一種のおもちゃ箱のような物だったのではないでしょうか。
そんな館では、不吉なことが起こる──なるほどといった感じで、ここまで趣向を凝らした館で何も起きない方が不思議です。
正義だから勝つのか、勝ったから正義なのか。この論法を今回の考察に当てはめてみれば、
中村青司の設計した建物では不吉なことが起きてしまうのか、中村青司の設計した建物がもつ特色が不吉を起こしやすくしているのか。
如何にも犯罪トリックに使えそうな食器や隠し部屋。中村青司に犯罪を助長させる意図がなくとも、見る人が見れば──これほど殺人に適した場所はありません。
そして、中村青司自身も……。
長くなってしまいましたが、以上が『十角館の殺人』を読んだ感想及び考察になります。
衝撃の一行のために張られて伏線、ミスリードをまだ体験していない方はぜひ、読んでみてはいかがでしょうか。
蠱惑的衝動が波に乗り貴方を向かい入れるその瞬間をぜひ、体験してください。
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