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ドッペル

Drei Kisten ~箱に纏わる三つの掌編~」の2編目、お正月に因んだお話です。
それぞれの月に公開しようかな、とも思ったのですが、3部作ということで続けて投稿します。
戯曲形式の作品で、二人芝居として上演しました。

ちなみに3編とも不遇な境遇の少女を描いたお話ですが、不幸の度合いも段々深まっていきます。
ラストの後味すっきりしない感は、この作品が一番かも・・・。

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アシュレー「ああ、もう嫌だ。僕はいつまでこんな狭い所にいなきゃいけないんだ。
ねえやは忙しくって、食事の仕度とか部屋の掃除を済ませるとすぐに行ってしまうし、家庭教師のミス・ヴィーナブルは口を開けば『ちゃんとお勉強しなさい』だとかお小言ばっかり。
パパもママも週末しか会いに来てくれないし。
お外に出たい。原っぱを駆け回ったり木に登ったりしたいよう。
昨日の晩は賑やかだったなあ。花火が上がって、外では皆が大声で新年おめでとうって言い合ってた。
僕も久しぶりにきれいな服を着せられて、下に降りてパパやママと一緒にご馳走を食べたんだ。
大きなパイに骨付きのチキンにマッシュポテトに・・・おいしかったなあ。
でも食後のお茶が終わると、また僕はこの部屋に連れ戻されちゃった」

アシュレー鏡に向き合い、鏡の中の自分と話し始める。

アシュレー「ねえ、アシュレー。パパとママはどうしてこの頃、僕をこの部屋から出さないんだと思う?」

鏡の中から声が聞こえる。

影のアシュレー「きっと君を心配しているのさ。悪い人に誘拐されやしないか、汚れた空気を吸い込んで病気にでもなるんじゃないか、とね」

アシュレー「僕はそんなに弱くないよ。誘拐犯にだって掴まるもんか」

影のアシュレー「じゃあ君、何か仕出かしたんじゃないか?パパとママを怒らせるようなことをさ」

アシュレー「そんな事ないさ!パパもママも、いつだって僕には優しいよ。最近はあんまり顔を見てないけど・・・」

影のアシュレー「じゃあいいじゃないか。君はここで快適な生活を送っている。外になんか、いいものはないよ。
ぬかるみと埃と、ごみごみした汚い家々、うるさい子供たち、乞食や泥棒・・・」

アシュレー「素敵なものだってたくさんあるさ!僕は自分の好きなところに行きたいんだ。
もういいよ!君になんて話しかけるんじゃなかった!」

影のアシュレー、ケタケタと笑う。
アシュレー、鏡に背を向ける。

アシュレー「あーあ。何か面白いことないかなあ・・・。
ああ、また花火の音が聞こえる。それに大声で笑ったり喋ったりしている人たちの声もする。
僕も外で友達と遊べたらいいのにな・・・。
あれっ?あんなところに小鳥が。怪我をしているみたいだ。
ほら、こっちへおいで。烏にでも苛められたのかい?
ああ、足に花火を結びつけられたんだね。可哀そうに。
何て柔らかくて暖かいんだろう!
君みたいに、僕も空を飛べたらいいのになあ。そうしたらこんな部屋なんか抜け出して、どこへでも行けるのに。
また、自由に空を飛べるようになるまで、僕が大切に面倒を見てあげるからね。
君に名前を付けなきゃね。えーっと・・・シエル、なんてどうだろう?
フランス語で空のことだよ。うん、確か空で合ってたと思うけど・・・。
シエル、ほら、僕のおやつのマシュマロをお食べよ。おいしいから。
自分で食べられないの?
じゃあ、僕が代わりに食べさせてあげる。
何か飲むかい?薄荷水は?
それとも、お風呂に入る?ああ、もう眠いのかな。
そうだ、君にぴったりの素敵なベッドがあるんだ。待っててね、今、お布団を敷いてあげるから」

アシュレー、箱の蓋を開けて柔らかい布を敷き詰める。

アシュレー「どうだい、気に入った?疲れただろうから、今日はもうゆっくりお休み」

アシュレー、箱の蓋を閉める。

アシュレー「小さい生き物って、何て可愛いんだろう。お隣の、小さなヨーゼフも可愛かったなあ。
そういえば僕はヨーゼフのことも、うちで遊び疲れて眠ってしまった時に、
ママの布地やきれが入っている、きれいな箱に入れてあげたんだ。
いろんな色のきれいな布の中で眠ったらきっと素敵な気分だろうなって思って。
その次の日だったっけ?僕がこの部屋に連れて来られたのは・・・。
ヨーゼフは死んだのよ、ってママが言ってた。死ぬ、って何のことだろう?
ママにそう聞いたら、ママはびっくりした顔でヴィーナブル先生を呼びに言って、それから二人で長い間お話してたっけ。
その後ママはこんなことも言ってたな。
あなたは女の子なんだから、乱暴な言葉遣いをしたり、木に登ったりしちゃ駄目なのよ、って。
でも僕は女の子みたいに編み物や刺繍なんてしないし、花を摘んで髪に飾ったりもしない。
その代わり誰より素早く走ったり泳いだりできるし、ナイフで木の枝を上手に削ったりもできる。
ママは分かってないのさ。僕はそのうち男の子になるんだ。
そうだ、窓からこっそり抜け出しちゃおうか・・・。
残念ながら僕は飛べないけど、飛び降りればいいんだもんな。
・・・駄目だ。窓の上の方は開けられないように釘で打ってある。
下の隙間はとてもじゃないけどくぐり抜けられないや。
しょうがない。宿題でもやろうかな。
ミス・ウィーナブルが読んで感想を書きなさい、って言ってた本は、ええっと『生命のふしぎ』かぁ・・・」

アシュレー、本を読みはじめる

アシュレー「生き物には心臓という、生命を司どる器官があり、心臓が止まると、生き物の体は活動を停止します。
わぁ、心臓って、まるで果実みたいだ。
どんな生き物にも心臓があるって書いてある。
不思議だなあ。僕にも、パパやママにもみんな、こんなものが入っているだなんて。シエルにもあるのかなあ」

アシュレー、箱を開ける

アシュレー「シエル!シエル・・・?あれ、動かない。どうしちゃったんだろう。それに硬くて冷たくて・・・」

アシュレー、箱から小鳥を取り出す。鏡の裏から声がする。

影のアシュレー「ああ、可哀そうに。死んでしまったんだね」

アシュレー「死ぬって何だよ。ママもちゃんと教えてくれなかった。どういう事か教えてよ!」

影のアシュレー「その本にも書いてあるだろ?活動を停止することさ」

アシュレー「動かなくなる、ってこと?」

影のアシュレー「ああ、それに冷たくなって、硬くなって、ぼろぼろになって、最後には消えてしまう」

アシュレー「僕も?僕もそうなるの?」

影のアシュレー「ああ」

アシュレー「アシュレー、君も?」

影のアシュレー「僕はそうはならないよ。最初から、生きてはいないからね。僕は君の影だから」

アシュレー「影?」

影のアシュレー「そうだ。生きている者の、姿の映るところに現れる」

アシュレー「僕も君と同じようになれる?ここから出られる?」

影のアシュレー「こちらに来れるならね。でも、普通に生きた方がいいんじゃないか?パパやママが悲しむよ」

アシュレー「構わないさ。ここから出られないなら。僕はそちらへ行くよ」

影のアシュレー「おっと、シエルは置いてきな。
そちらで死んでしまったものは、こっちには来れないからね」

アシュレー「分かった。
シエル、またね。君とまたどこかで会えたらいいな」

アシュレー、鏡の裏へ入ってゆく。

一旦暗転し、すぐに明転。

影のアシュレーが立っている。
影のアシュレー、ケタケタ笑う。

影のアシュレー「まだ分かってないんだな。死んでしまったものとはもう会えないよ。天国でなら会えたかも知れないけど。
アシュレー、残念ながら君はもう行けないしね」

箱を開けると、たくさんの羽が宙を舞う。
音楽大きくなってゆく

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