見出し画像

透明な夜、君を迎えに 第五話

死体をバラバラにする、ってひどく残虐な行為に思える。
余程相手に強い恨みを持っているのだと思われがちだけど、実はそれは表面的な猟奇性とは裏腹に、極めて実際的な必要に迫られての行為なのだと、何かで聞いたことがある。
つまり、死体の隠蔽、という必要性からだ。

そう言われてみると、子供の頃に宝探し遊びをした時にも、大きなものになればなる程、隠すのに苦労したっけ。
宝探し遊びでは、最初に見つけた子がその宝物をもらえるということになっていた。
おもちゃの指輪や、キラキラしたラインストーンで飾られたペン、透明なセロファンで作られたブーケ、などが宝物になった。
時には、宝のありかを示した地図が作られたりもした。
カモフラージュに他のもの(お菓子の空き箱とか、切れた電球なんかのガラクタ)を隠しておいて、引っかかった子を皆でからかったりもした。
ある時、持っていく宝物が思いつかず、母にねだったところ、母が出してきてくれたのは、贈答品でもらったが趣味が合わなかったらしい、箱入りのバスタオルだった。
仕方なく学校に持っていったものの、隠し場所には相当悩んだ。
中身を箱から出すことも考えたけど、それだと宝物感が薄れてしまう。
結局ろくな隠し場所が見つからず、すぐに発見されてしまったような記憶がある。

カレの手際は良かった。
今までの殺人で、きっと経験を積んでいるのだろう。
着ていたズボン、ジャンパー、シャツ、スニーカーを手際よく脱がす。
血の付いた衣服は石鹸で手洗いし、部屋の隅に干した。
それぞれ別々に、他のごみと一緒に袋に入れ、日を置いてゴミ出しに行くという。

衣服を剥がされた男の体は、黒ずんで萎び、どこかしら作り物のようだった。
だが、これを処理する過程は、ひどく生々しいものになるに違いない。

「無理に見なくていいよ」

カレは言ったが、わたしは首を振った。

洗面所の隣のシャワールームには、バスタブはなく、代わりに大きなたらいがあった。
入浴の時、わたしはそのたらいに半身を浸し、カレに体を洗ってもらっていた。
だが、水をふんだんに使うことはできない。
カレひとりが住んでいるここで、大量の水の使用が確認されたら、本社に怪しまれてしまう。

手足は、比較的簡単だった。
段ボール数枚を重ねて置いた上に、男の体を転がすと、カレはまず、肩のところに鋸の刃を当て、手早く動かし始めた。
鈍く光る刃を、湧き出る血が汚してゆく。
その合間に、ピンク色の肉と黄色い脂肪が見え隠れする。
やがて骨に突き当たり、ゴリゴリという摩擦音が響き始めた。
10分かそこらで、腕は胴体から切り離され、肘のところで折られて水を張ったたらいに押し込まれた。
もう片方の腕も同様に切り離され、たらいに入れられた。

次は足だ。
こちらはカレもさすがに、少々手こずっているようだった。
太腿の付け根から、両足を切り離し、更に膝のところでも切断する。
そこまで終えたところで、カレは立ち上がった。

「ちょっと休憩。腕が痺れてきた」

お茶でも淹れてあげたいところだが、わたしには見守ることしかできない。
歯痒い……。

「何か飲む?」

ティーバッグを直接突っ込んだマグカップを手に、カレが振り返った。

「あ、わたしも紅茶がいいな。ホットで」

いつもは牛乳かアイスティーかジュースだけど、今は温かいものを飲んで、気持ちを落ち着けたい。

「珍しいね」

そう言って、カレはわたしの座っているそばに近寄ってきた。

「家ではよく飲んでたよ。紅茶」

カレはマグカップの紅茶をひと口含むと、顔を近づけてきた。

「?!!」

びっくりして硬直したわたしの頭を片手で支え、カレの唇がわたしの口に触れた。

舌で唇をこじ開けられる。

芳醇なアールグレイの香りと共に、温かな液体が口腔に流れ込んでくる。

なんて、甘いんだろ。
砂糖も蜂蜜も入っていないはずなのに、甘くて溶けてしまいそう。


唇が離れてからも、恥ずかしくて、カレの顔をちゃんと見られない。

「……びっくりした」

「ストローじゃ、火傷しちゃうでしょ」

「……」

「ごめん、嫌だった?」

心配そうに覗き込んでくるカレの表情に、胸がきゅんとなった。

「キスはレモンの味とか聞くけど、甘いね」

照れ隠しにそう言うと、カレはフッと笑った。

「初恋の味、じゃなかったっけ」

「初恋だもん、透夜が」

少し拗ねてみせる。

「ベルガモットも、柑橘類だけどね」

「ベルガモット?」

「ベルガモットオレンジ。アールグレイの香りのもと」

「そうなんだ」

紅茶を飲むカレの口元を、つい盗み見てしまう。
あ、気づかれた。

「もっと飲みたい?」

「……うん。余計喉渇いちゃった」

「ん……」


今度のキスは、紅茶を飲み下した後も、しばらく続いた。

このまま、わたしの唇を噛みちぎってくれないかな。
不穏な方に、考えが傾きはじめた頃、唇を離して立ち上がると、カレは呟いた。

「さて、ここからが正念場、かな」

そして、わたしの方をちらりと見た。

「これ以上はほんとに、見ない方がいいと思う」

「えぇ、今更でしょ。手伝えないんだから、せめて立ち会わせて」

「……そこまで言うなら止めないけど、グロいよ」

カレの言うのは分かる。
人間を解体するということは、内臓の処理をしなくてはならないということだ。


血まみれの顔をシャワーで流すと、男はカッと目を見開いていた。

「見るなよ」

男の目に、カレは無造作にナイフを突き刺した。
手足の無くなった、ツチノコのような体を持ち上げ、頭を右にして置き直した。
胸を足で踏みつけて固定し、パックリと裂かれた喉の傷に沿って、鋸を引く。
切り離した頭を髪の毛を掴んで持ち上げるカレ。
サロメの絵に、こんなのがあったっけ。それともユディット、だったかな。
そんな冷静な思いが浮かぶ一方、生理的な反応なのか、飲んだばかりの紅茶が胃の奥から込み上げてくるのを感じた。

「うェ……っ」

何とか抑えようとしたが、少し、吐いてしまった。
作業に没頭しているカレはわたしの様子には気付かず、頭をたらいに放り込み、鋸をナイフに持ち替えた。
肋骨の間をザクッと刺し、ズブズブと下腹部へと刃を進めていった。
血と、内臓が文字通り噴き出してくる。
そして、耐え難い悪臭。
胃がきゅっと収縮する感覚。
今度は耐え切れず、思い切り胃の中身を洗面台にぶちまけた。

「ごほ…っ、ぐ、ぅええ」

「酷いだろ。でも腸を傷つけたらこんなもんじゃ済まないから、気を付けないと」

ええ、これよりもっと酷くなるの?
逃げ出したくなるのをぐっと堪える。
カレはゴム手袋をした手を男の腹に直接突っ込み、中から内臓を掴み出すと、たらいではなくバケツの中に入れた。
黄色いぐにゃぐにゃとした脂肪の塊が気持ち悪い。

「それ、どうするの?」

「少しずつミキサーにかけて、トイレに流す。肉は煮る」

「煮る?!」

「そうしないと、骨が綺麗に剥がれないんだ」

「えっと、その後はどうするのかな。まさか、晩ごは……」

「食べないから安心して」

わたしの心配は素早く解消された。良かった。

「肉は生ごみで、骨も少しずつ小分けにして捨てるしかないかな」

カレは、白っぽくなってきたバラバラの手足を、物干し用のポールに曲げたハンガーで吊るしている。
こうなってしまうと、人間もただの物質なんだな。
また、思考と感覚がバラバラになってきた。
ふとたらいを見ると、潰れた男の眼球が、眼窩から垂れ下がっている。
破壊された男の目が、破壊されてもなお、わたしを睨み付けている。

「ひ」

何度目かの嘔吐で、もはや酸っぱい胃液しか出てこない。
男の視線から逃れるように、わたしは洗面所から這い出した。

サポートして頂けたら、アーティストの支援に使わせて頂きます。 貴方の生活の片隅にも、アート作品をどうぞ。潤いと癒しを与えてくれます。