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芥川賞候補作5作感想

 明日1月20日水曜日は第164回芥川賞・直木賞の選考会ですね。芥川賞5作品読まないかと誘われたので気軽に読んでみました。
 昨夜のリモートディスカッションの様子はこちらの記事でも。

 で、ここに書く感想も被るような気がしますが、感想簡単に書きます。
 どの作品が受賞するかは考えるつもりが無いのでたぶん書きません。 

 ではいってみよう。書籍化順です。

『推し、燃ゆ』宇佐見りん(河出書房新社)

 文藝賞受賞後の第二作。若い女性作家が文藝賞を受賞したあと、高校生のナイーヴな内面を極みの筆致で描き切る、と書くと、およそ15年前の綿谷りさを彷彿とさせて、ああ河出書房新社が好きなやり方だよね、と食指が動かない面は否めないなのですが、勿論面白かったです。そりゃまあ『蹴りたい背中』だってつまらなくはなかったか。

 高校生活やSNSやブログを書く女子の日々を切り取るの巧いのですが、どうしようもなく生活のにおいをそれそのものに描写していて、えぐいまでにその嗅覚が凄かったです。祖母の家のソファの中身をぼろぼろといじくり出している父親、とか、即席麺の放置したスープの表面とか、文章化する生活顕微鏡。家のにおい(匂いかも知れないし臭いかも知れない)は書かないで済ませても小説は書けるけれど、自分の人生から消し去ることは出来ないから、対峙して小説に書きつけられるところが良いと思います。
 推しがファンを殴ってwebで炎上するのが始まりなのですが、誰をどう殴って結局どうなったのかもちゃんと最後まで良かったですね。

 主人公が不器用なタイプの女の子なのですが、「推し」のアイドルが炎上しても、学校がどうなっても、アルバイトがどうなっても、家族がどうなっても、生活がどうなっても、何処となく無気力で無抵抗。もっと主体的な人間像が登場する宇佐見りんさんの小説が読んでみたいです。


『旅する練習』乗代雄介(講談社)

 これが5作のなかで一番長く、250枚。サッカーの児童リーグに入っているらしいオムライス好きな姪と、地の文の語り手である作家の叔父のふたりが、徒歩による旅をする。旅の折々で叔父は文を書き、過去の作家を想ったり、野生の鳥を姪に教えたり、奇妙な道連れが出来たりしながら旅程は進む。姪の亜美がサッカーの合宿で以前に行った鹿島を目指した旅の物語。

 ハートフルな面あり、柳田國男に言及する文学的な面あり、サッカー選手ジーコにまつわる文献から描く、スポーツノンフィクションライターの手腕もあれば、日本の野鳥や、真言宗についての書も綺麗だし、亜美は中学生になりたてでまあ、元気いっぱいだし、魅力的な話です。そうなんですけど。つまりどれに力を入れているか判らない。手札7枚見せられてとても綺麗だけれどジョーカーは入っていないかのような肩透かし感がありました。何処が悪いというわけでもないのですけど。むしろ知人のなかにはこの小説読んで泣きそうになるひとだって思い浮かぶんですが、私はぴんと来なくてちょっと残念でした。巧いのに何が長所か判らない。ここの語りこそ上手く云えぞかしという部分で文章が弱かったりするんですよね。残念です。
 例えば、この旅をずっと憶えていよう、とかそういう部分に限って残留する為の語彙に欠ける。そこが大事でしょ!?

 ところで旅と奇妙な道連れといえば恩田陸の『まひるの月を追いかけて』は面白かったな、と思い出したので併せて紹介しますね。


『コンジュジ』木崎みつ子(集英社)

 第44回すばる文学賞受賞作品。おめでとうございます!!! 5作のなかで新人賞受賞作品がそのまま候補作になった唯一の作品でもあります。
 家族環境が不安定ななかで成長するせれなは、イギリスのロックミュージシャンのリアンに恋をし続ける。現実の非情とせれなの心の成長の果ては何処へ。読み易さもあって、良かったです。コンジュジとはポルトガル語で配偶者という意味。

 にゃんしーさんに話した通り、あと私こういう単語をくちにしないわりと上品なひとなのですが、性的胸クソ感が如何にもすばる文学賞らしくてとても良かったです(誉めてる)すばる文学賞と云えば昨今では『蛇にピアス』ですし、それはもうクソオブクソ人間しか出ないランキング1位なので(あとバカ)、すばる文学賞に図らずしも(?)添った形だと思いました。
 本当に、悪くないんです。 性的虐待とそれがフラッシュバックする後半、せれなとリアンの恋の時間という妄想の終焉、とても良かったです。でもこの本で受賞するよりも、第2作、第3作と書き続けて欲しいです! また読みたいです。


『母影』尾崎世界観(新潮社)

 これは本当に文体が綺麗でした。綺麗というより「きれい」。
 とても好きです。小さな女の子の目線で世界が描かれていて、おそらく母親しかいない暮らし。その母親は性稼業でしのいでいるようです。

 女児が世界に対してまだ、〝生まれたばかり〟〝まっさら〟な状態で、そのさらぴんの感性で情景を描写するのが面白い。正しく例を曳くわけではないのですが(何故なら今手元に無いから!)牛乳をのむときに、コップから口のなかへの牛乳の移動、と捉えるようにして、「牛乳を飲んだ」という単語ひとつに落とし込まない。世界に対してウブなんです。しかしそれが作為的でなく素晴らしかった。

 きれいな、きれいな御伽話でした。
 ただ、ミネラルウォータに賞をあげたら飲み物作りは出来ないわけで……。



『小隊』砂川文次(文藝春秋)

 さて、『小隊』です。
 自衛隊がロシア軍と闘うある日の、ある軍人の様子を描く一冊。

 これが一番、きみなんで候補作に入ってるの? 感が強くて、推薦出来ない感じの一冊です、ごめんなさい。

 自衛隊が軍隊になって、そして実際にロシアと初めて戦い、逃げ延び、「生き残った」とつよく胸に抱くエンディング。
 何故ロシアと戦っているのか理由は書かれていない。
 この戦いを日本はどう受け止めているのか、書かれていない。
 実地戦闘を、自衛隊はどう受け止めているのか書かれていない。

 矜恃がないんです。

 ただ、著者は自衛隊入隊体験があるとのことで、「現場にいたことのない人間には分かるまい」というマウンティングをかますことが出来るから、文句を云いにくい。でも小説は小説であって、今までついてきた職業のうちどれが強いかコンテストではないので(そして職業に貴賤は無い)やっぱり納得出来ないなと思います。
 文章は読み易かったし人間関係も分かり易く、複数人の交わりも混乱することなく読めたので、これはエンタテインメントだと思いました。

総評

 受け身の人間、主体的に動かない人間が主人公であることが目立った5冊だと思いました。「生きづらい世の中」で生きているひとたちを映す現代文学、というふうに括ってしまう前に、もっと文学の選択肢はある筈。自分が対面している困難への立ち向かい方が、誰もがマイナスだったと思います。『小隊』の安達、『コンジュジ』のせれな、『推し、燃ゆ』のりん、『旅する練習』の「私」。

こちらから発動者になる人間像を中心に置いた文学が読んでみたいなあなんてことに気付きました。それはまた、自分の人生が能動的か受動的かと同じ問題でもあります。



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