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『zakuro,その断片 /ver 0.8.0』 (14)

電話


──現在私は行方不明です。御用のある方は発信音の後にパスワードを入力して下さい。

 電話が鳴る度に少しずつずれる。携帯電話は薄さ二ミリの最先端機種。どうして電話は鳴るのでしょう。夜は長いのに。窓は黒いのに。誰もいないのに。どうして電話の音だけが、あふれるように鳴るのでしょう。お願い私の瞳を貫いて焼いて。悪い腫れ物が出来てしまう前に。汚れてしまった瞳を焼いて。


──お客様にお知らせでございます。現在お客様のご使用の携帯電話から放射性物質が検出されました。ZOLO700系をお使いの方は、いち、を、ZOLLO600系をお使いの方は、に、を、それ以外の方は、さん、を。繰り返しこの説明をお聴きになる場合は、シャープ、を、押して下さい。

 電話がまた語った。もう一週間も同じ言葉が届く。どうした悪戯なのか何か真意があるのかないのか、まったく判らない。外は真っ暗だ。雨はずっと降らない。ふふふ、とわらいごえが聞こえる。電話口ではなく、この部屋の隅から。そして隅に座っているのは私だ。わらいながら崩れ落ち砂になった私を少し掬ってください。指と指のあいだからさらさらとこぼれるのが私です。

──私は行方不明。この町じゃ行方不明。あなたに行方不明。記憶の底から行方不明。ねえ、どうか逢いに来て。早く遺体の確認をとらなければならないの。麻布を一ヤードほどを持ってきて下さい。瞼を閉じてそっと掛けてやって下さいな。

 薄気味悪い夜だった。何ごとか起こる気配に満ち満ちた、生暖かい夜だった。蝙蝠が天井付近で扇風機の羽根と戯れていた。いや、あの扇風機の羽根が蝙蝠だったのかも知れない。ねえ、どうか逢いに来て。ねえ、どうか、あいに、きて。何度も伝言メッセージが繰り返す。ねえ、どうか。あきにいて。秋はこの国から立ち去りつつある。ねえ、どうか、ああ、生きていて。

──想像して。海の底に沈んでゆく私を。自らポケットに押し込んだ白い小石たちに殺される様を。夜のつめたい海の底へと、ずっと、ずっと。そして、水を一杯どうぞ。喉を潤して下さいな。

 かおを歪めて堪えた涙と、頬を抓って作った笑顔。何処から間違えていたのでしょう。大丈夫。そう云うしかないし。勘違いの螺旋階段を上り詰めるしかない日々も、終末的には自由落下、ばらばらになって落下する。それでも矢張り抽出してゆく。選ぶ、選ぶ、選ぶ、選ぶ。選び、抽出しながら、空へ、宙へ、光へ。


──影ばかり動いている、実体を持たない存在と、存在を持たない実体の差を述べなさい。それは何色をしていますか。何色をしていますか。

 歌声は放った瞬間に消える美しさを持って私を魅了する。狂った色合いで微笑んでいることに気付いて、正しい色えんぴつの並べ方を思い出そうとする。見つかったのはぴんく色した絶望と、藍色があおより優しかったっていうこと。群青より青になりたいと願った少年。そんな時代ももう過ぎた。黄色いひよこは色を失う。純潔は白だなんて誰が云ったんだ。選ぶ選ぶ選ぶ選ぶ。大丈夫だよって繰り返す。

 
 それでも。

 私は君には素敵なものだけを見せたいんだ。
 色えんぴつほど全部揃わせなくてもいいんだ。

「あおくんときいろちゃん」読んであげようね。君が大好きな素敵なおはなし。

──大丈夫です。ありがとうございます。迅速な対応に感謝致します。



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