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『春と私の小さな宇宙』 その19

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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久しぶりの我が家へ戻った。

ハルの小さな胸は軽く、上昇した心拍がほんのりとした温かさを身体中へ送り出している。

最初に出迎えたのは「母」の悲鳴だった。ハルを見た瞬間、「母」は目を見開き、絶叫したのだ。

バケモノが帰ってきた!

「母」の悲鳴を聞きつけ、「父」が廊下の奥から駆けつける。 ハルの姿を認めると、すぐに自分の部屋に引っ込んだ。

一週間。
その時間は長く感じられた。この家は楽園でも天国でもなかった。あの真っ白 な部屋となんら変わりはなかった。

どこにいても世界は地獄なのだと四歳になったハルは考えた。

母親と父親はハルに干渉しなかった。食事だけ置いて、できるだけ距離をとっていた。 自分の子供とは思っていなかった。 やることがなく、暇だったハルは周りを観察した。

「父」は空気の代わりに煙草を吸っていた。それ以外の時間は酒を飲み、競馬新聞を読んでいた。ニコチンの染みついた壁や天井が黄色く変色している。

それに比べて「母」はよく出かけていた。棚の隙間に何個か銀色の玉が落ちていた。パ チンコ玉だった。どうやら一日中、パチンコをしているらしい。いつも不機嫌な顔で帰っ てくるのは、負けたからのようだった。

観察を終えて、ハルは疑問ができた。この人間たちはどこで収入を得ているのだろう。 二人とも仕事をしているふうには見えなかったのだ。 疑問が解決しないうちに一週間が経った。

その日、ハルは棚にあった医学書を読んでいた。チャイムが鳴る。玄関に現れたのは、あの研究員だった。

男は言った。また、契約してほしい。金額は前回と同じ。期間も同様に。父母は二つ返事で了承した。 ハルの頭の中で点と点がつながった。

簡単なことだった。 彼らは契約金で生活していたのだ。結局、自分の存在は両親にとって金の成る木でしかなかった。

「父」も「母」も自身を疎ましく思っていた。いなくなる上に多額の金が入るなら断る理由は無い。

実に合理的だと ハルは感じた。 数日前、「母」と近所の住人が玄関で話しているのを聞いたことがあった。内容はハルの国際大学の様子についてだった。

自分は大学に行っていない。

その時ハルは疑問に思ったが、男とのやり取りで疑問は氷解した。正当な手続きで機関に引き渡していたわけではなかったのだ。不法な契約だったため、近所には海外の大学に留学したことになっているらしい。

家に帰られたのは契約期間が経過したからだったのだ。機関としては、契約金は口止め料でもあるのだろう。

もう行きたくないとハルは目で訴えたが、「母」は目を背けたままだった。


二回目の実験が始まった。ほとんど前回を同じ実験が続いたが、一つだけ違うことがあ った。

二人目の実験体がいた。幼い少年だった。明らかに日本人ではなかった。金髪で青い目をしており、年齢は自分と同じか少し上ぐらいだった。目には隈ができている。あまり眠れていないようだった。

研究員の男に聞けば、彼もまた第三世代のDNAを持っているという。ハルは彼に興味を持った。この世界に生まれて、やっと対等な人間に会えたと考えたからだ。

彼は別の部屋で実験されていた。話したかったハルは残念に思う。 彼の遺伝子も優秀であった。

ハルが受けた課題もクリアしている。男だけあって運動能力はハルをはるかに凌駕しているそうであった。

研究員たちの話を盗み聞きしていたハルはさらに、彼に会いたい、と思った。

いつものように電流を浴びながら猛毒を飲んでいると、ハルの前に研究員の男が近づい てきた。

「次の実験に移る」

男がそう告げると部屋から連れ出された。連れられて入った部屋にはあの少年がいた。ハルを見て微笑む。彼もまた自分と同じ境遇の者がいたことに安心して いるようだった。


新たな実験は彼としゃべらず会話するというものだった。 まず、向かい合わせに座り、お互いが見えないように仕切りをする。次に、ある絵の描かれたパネルを見せられる。

その後、仕切りを取り除き、相手が何の絵を見たかを口を開かずに聞く。そして、相手が何を見たか答える。

できるわけがない。ハルはそう考えたが、実験は始まった。 研究員が言うには第三世代同士はテレパシーで会話することができるらしい。

あまりにも信憑性のない話だった。しかし、従う以外の術はなかった。 リンゴの絵を見せられた。水彩画のようだった。みずみずしく光沢のある果実が木製のテーブルの上に乗っている。

ハルの脳内にその絵が刻み込まれた。一生、忘れることはない。 仕切りが取られ、正面に彼の顔が現れる。

幼く日本人離れした顔立ちに深い隈が彫られている。よほどここでの安眠は難しいらしい。少しやつれた青い目の中に深い知性が感じられた。やはりこの人間はこちら側なのだとハルは確信した。

じっと、彼を見つめる。すると、どこからか声が聞こえた。男の声だった。

『……こえ……』

ハルは気付いた。声の発生源が自身の脳内から聞こえることに。

『聞こえる?』

少年の声だった。
今度ははっきり聞こえた。

『聞こえるわ』

脳内で答える。

『良かった。ちゃんと聞こえた。もうご飯抜きは勘弁だよ』

声が返ってきた。本当に頭の中で会話できた。

『どういうこと?』

『課題をクリアしないと罰としてご飯を出してもらえなかったんだ。おかげでおなかが減って寝不足だよ』

そういうことだったのか。隈の真相がわかり、ハルは納得する。自分もまずい料理を拒否しただけで食事を出されなかったことがある。

研究員を見た。厳しくこちらの動向を見張っている。あまりのんきに会話していると怪しまれる。

『おしゃべりはこの辺りにして本題に入りましょう。脱走でも企んでいると思われると面倒だわ』

『脱走を考えているのかい? いいね、わかった』

彼の言語はロシア語だった。ロシア人だったのだ。彼は日本語がしゃべれなかったが問題はなかった。既にハルはロシア語をマスターしている。彼と会話をするのは至極容易であった。

第三世代だけあって、彼は物分かりが良かった。瞬時にハルの真意を察し、考えを合わせてくれた。 その後、ハルはテレパシーの実験で彼に何度も会った。

研究員に気付かれないよう、お互いの情報を送り合った。


続く…


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