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物語③_マジックアワーにさようなら

~②のつづき~

下校の時間になり、いくちゃんや涼馬に別れを告げカナル型のイヤホンを耳に着けた。
下校前にあいつが書いた共有ノートを見て、みなみからのお使いの事を頭に入れた。
僕の家は高校から内陸方面に向かう。けれど、たまになんとなしに海岸沿いのサイクリングロードを走りながら帰る時がある。
今日がそのなんとなくの日だった。
国道134号線を挟んでサザンビーチ方面に走っていく。
134号線は二車線道路とは別に、サイクリングロードがある。
車の騒音は聞こえない。
その代わりに波の音と浜辺ではしゃぐ人たちの声が聞こえてくる。
今日は夕凪で海はとても穏やかだった。

僕は海岸沿いを走る時はイヤホンを外し、
潮の香りと波の音を感じながら自転車をすすめる。
僕と同じように自転車で走る人や、ランニングする人など色んな人が
過ごしている。

僕にとって夕方という時間は一日が静かに終わってしまう様な感覚がある。もちろん日が沈んでからも残り数時間は”その日”が存在する。
日が沈んでしまうと、そのあとの時間は今日と明日を繋ぐ空虚な時間という錯覚に陥る。
だから”今日”が終わってしまうこの時間がとても狂おしく恋しくて、切ないのだ。

自転車を止めて、テトラポットに腰を掛けまたイヤホンを耳に着けた。
空を見上げる。
優しい茜色とその色に合わせるようにグラデーションされた深い青色の夜空が寄り添っている。
まるで地球が生まれてからずっと寄り添ってきた夫婦の様に空全面に広がりを見せる。
そんな空に包み込まれながら波の音を聴くことが、僕がたまにする自己陶酔の様なものだ。
僕だけの世界にランニングする足音やペダルを漕ぐ音、談笑する声、浜辺で部活動をする声などが心地よく聞こえる。
空の色や様々な音が混ざり合って僕の世界をつくる。
そんな僕も誰かの世界に混ざり合っているのだろう。
この時間だけが僕の存在を認めてくれるような気がする。
”お前がいてもいなくても世界は変わらないよ”と囁いている様なそんな感じだ。
だから僕は一方的にこの世界に存在していると感じる事が出来るのだろう。

空に完全な夜がやってきた。
スラックスについた細かい砂を払いまた自転車に跨った。
途中でみなみからのお遣いを思い出し、コンビニに入った。
 
「いらっしゃいませ・・」
 
元気のない店員がチラッとこちらに視線を向けまたすぐに目の前の空気に視線を戻した。
 
『牛乳プリン・・・っと』
 
みなみはプリンが好きで、とくに柔らかいタイプよりかたい方が好みらしい。
ただ最近では牛乳プリンにはまっており、僕は白い容器の太陽印のプリンを手に取って、自分の飲み物と一緒にレジへと向かった。
店員の女の子は僕と同じくらいの年で恐らく高校生なのだろう。
髪はショートカットで猫の様な切れ長で涼しげな目をした女の子だった。
マスクをしているので口元は分からないが、恐らく仏頂面をしている様な雰囲気がある。
 
「・・・は?」
『えっ?』
「スプーンは?」
『いや大丈夫です。』
 
店員なのにタメ口で相変わらず目は鋭く僕を見つめていた。
会計を終え商品を手に取ると早々に店を出た。

『感じ悪いなぁ』
 思わず言葉がこぼれた。ただ、なぜかあの目は印象に残っていた。
人に対して敵意のある様な目がなぜか心に引っかかった。
 
『嫌ならバイトするなよ』
 今度は本音とは別な強がった言葉が、僕の口から溢れていた。
煮え切らない気持ちを持ち僕は家路へ向かった。
 
『ただいまー』
「歩?もう夕飯だから早くして」
 母は顔を合わせていないのにも関わらず声だけで僕だと分かるらしい。
そしてそれは妹も同じだ。
「歩買って来たー?」
『おう。これでいいんだよな?』
「そうそうこの牛乳プリン美味しいんだよね」
「その袋、どこのコンビニで買ってきたの?」
『帰りの途中のコンビニだよ。なんで?』
 
気が付かなかったが、個人経営のコンビニに入ったみたいだった。
たしかに店員の服装は大手のコンビニではなかった様な気がした。
 
『自動車学校過ぎた当たりにあったから寄ったけど、店員がすごい愛想悪かったわ。そんな思いをして買ったプリンだから大切に食べなよ』
「そうなんだ。あんな所にコンビニなんてあったけ?まっいいやありがとね」
解決することなく納得したみなみは、プリンに”み”と書いて冷蔵庫に閉まった。
 
「ねぇねぇ、歩、今度買い物付き合ってよ」
『友達と行けばいいだろ』
「みんな都合合わなかったからいいでしょ?」

陰りがあるその表情に僕は少し不安を抱いた。

『友達少ないのかよ』
 「・・別に関係ないじゃん」

みなみは友達との間になにかあったのだろうか。
“いじめ“が頭をよぎった。
ただ単に友達が少なく本当に都合が合わなかったのかもしれない。
考えてみると中学に上がってからも、何度かみなみの友達は遊びに来ていたし、何人かの友達と繋がりがあるのは、話をしていて分かっていた・・つもりだった。

『まぁ俺も暇だしテラスモール行く?』
 
茅ケ崎から一つとなり駅の辻堂にあるショッピングモールは活気があり湘南では一番良いだろうと思った。
「う~ん。テラスより横浜とか渋谷とかがいいかな」

まだ表情に陰りがある。もしかしたら近場じゃ同級生に会うことを恐れているのかもしれない。

 「渋谷とかいいんじゃない!クレープ食べておいでよ」
母が笑顔でそう言った。
 
『分かった。じゃあ日曜日でいい?土曜日はバイトがあるから』
「うん!久々に都内に行けるね」

途端に曇りが晴れたかのように、いつもの屈託のない笑顔をした。

「そういえば、土曜日シュウちゃんの所に行くなら、お土産持って行って」母はキッチンカウンターに置かれた紙袋を指さした。

『あの紙袋はなに?』
「お父さんがこの間北海道に出張した時に買って来たお土産よ」
 
つい先日、父が北海道に行った時に買って来たというお菓子みたいだった。
ちなみに子供の僕らには、熊の木彫りを三体買ってきてみなみの怒りをかってしまった。

部屋に戻りカーテンを閉めるために窓際に足を運んだ。
フローリングがキシキシと床鳴りがした。
この家が悲鳴をあげているような気がした。
ベットに転がり改めてみなみの事を考えた。
小さい頃の記憶、正確には小学三年生からのみなみしか記憶にないけどいつも笑顔でいる彼女を思い浮かべてしまう。
何かを企んでいるような顔や、悪戯をする時の顔など色々な表情を見てきたが、それは大概は笑顔に繋がる伏線で、今日の様な家族に悟られまいと必死に何かを隠す表情は見たことがないと思う。
それだけにあんな顔をして、頼み事をされたのなら僕の方まで心が痛んでくる。
そして彼女の悩みにただ悶々と悩むだけしか出来ない僕自身が情けなく、苛立つばかりで一向に心が落ち着かない。
僕がなにか行動に移したとしても、いつあいつと入れ替わり、次にいつこの世界に存在出来るかなんて分からない。
ただ涙が自然に零れてきて胸が苦しくなった。
もしいじめだとしたら・・・そう考えると顔も分からない、いじめをしている奴が憎くてしかたない。
大好きな家族をあんなに追い詰めて、いじめをしている奴はのうのうと学生生活を送る・・・僕の中の憎悪みたいな奴がさらに憎悪をかき集めて大きく膨れ上がってしまう。

ただなにもせずに考えるよりも、この噛み合わなくなった歯車を元に戻そうと心に決めた。
決めたはいいがどうするか・・
みなみの通う中学校は僕が通っていた学校でもある。そして僕とみなみは入れ違いで学校を卒業、入学をしているから、今の中学3年の生徒達は僕の後輩だ。
ただ部活動など疎遠だったし学校行事を積極的に行ってきた訳ではないから後輩の生徒達に頼れる伝手もない。
両親、特に母に話せば何らかの解決策を見出してくれるかもしれないが、勝手に相談なんてみなみがもっとも嫌がる事だろう。
良い解決案が出ないまま日が変わろうとしていた。

僕は気付かない振りをしていたが、否が応でも思ってしまう。この状況に唯一結託してくれるのはあいつだけだろう・・・
僕が一番関わりたくなく、恐怖を与える奴だか、唯一の共通点は僕らは家族が好きなのだ。
親や妹と話をしていても、あいつも家族を大切に思っている。悔しいけれどこの事に関しては根拠はないが、不思議と確かな事だと確信がある。
僕の胸が鼓動を抑えきれずに徐々に、そして確実に早まっているのが分かる。
僕は少しの恐怖と希望を持って、共有のノートを開きペンを持った。
 

 目が覚め枕元にあるはずの携帯を探した。
しかしいつもの位置にない事を確認するとため息と一緒に机に向かった。
この部屋に日が差しているという事は、今は朝だろう。
携帯の時間を確認するとAM7:07という数字が映し出され学校へ行く準備に取り掛かった。
最後の記憶はたしか英語のテストだったよなと頭で考えながら自室へ戻ろうとした時だった。目の端にノートが見えたが、なにかいつもと違う感覚に陥りもう一度机に目を移した。
あいつにしては珍しく共有ノートを開いたままだったからだ。
俺が起きたのはベットの上だから意図的に開いたのかと考えながら共有ノートに目を移した。
業務連絡の様な内容の後、目を疑うような文章が書かれていた。
そこにあった文字はいつもの無機質な文字とは違い、誰かにむけた怒りと、俺との繋がりを拒むような敵意のある文字だったが、それよりもその内容が気になった。
 
”みなみがいじめに遭っているかもしれない。”
 
直接みなみに会っていないが、恐らく本当の事だろう。
この疾患を患いあいつと人生を無理やり歩かされて7年程経つ。
その間、連絡事項以外のやりとりしてこなかった。
昔に一度だけ罵詈雑言をお互いに書きあった事はある、
その時も本心をぶつけた。
ただ今回は根拠のない確信がある。
 
朝食の為、ダイニングへと向かった。
向かいにはみなみがいて先に朝食を食べている。

『…おはよう』
「なんだ聡か」
 顔も向けないまま投げやりに言った。
 
「そういえば歩から聞いてる?今度の日曜日の事」
『あ~なんか書いてあったな。あんまり詳しく知らないけど』
「だから日曜日は歩と出掛けたいから、聡は休んでね!宜しく」
悪戯に見せる笑顔も真意を探ってしまう。

『なんだよ。俺だっていつ変わるか分からないし変わりたくなんてねぇよ』
「まぁそうだと思うけど・・・。明日はバイトでしょ」
『・・・そうだっけ?』
「そうだよ!お母さんがシユウちゃんの所にあれを持って行ってだと。」
目線を送る先に紙袋が置いてあった。
『なにあれ?』
「お父さんのお土産だって」
『北海道のやつ?俺らには木彫りの熊だったのにな』
「ほんとそれ。熊なんかより食べ物の方がマシだって」
『それ親父に言うなよ。悲しむから』
「もう直接いった。」
えっへんと言わんばかりのドヤ顔でこっちを向く
 
自転車に乗り音楽を掛けたが、頭の中はみなみの事だった。
さっき直接話した時には特に変わった様子がなくいつも通りだったと思う。
変に意識しているせいか、いつも通りの様子が全て疑い深くなっていることも事実だ。

学校まであと少しの所で、同じ学校の女子生徒が身を屈めながらなにかをしていた。近づくとそれはいくちゃんだった。
 
『おはよーどうしたの?』
「なんか自転車の回るとこが外れちゃった」
『チェーン?』
「そうそう!もう錆びちゃっておかしかったんだよね」
『そうなんだ・・・。じゃっお先』
「コラコラ。助けなさい」
『助けて貰うのに随分と偉そうですな』
「まぁまぁ。ねっ見てもらえる?」
 
海岸沿いは塩風が吹くため自転車や車、バイクなんかも錆びやすい。いくちゃんの自転車はチェーンを隠す様にカバーがされており、隙間から手を入れてみるが中々直らない。
 
『う~ん。もう壊していい?』
笑いながら冗談を言うといくちゃんは焦った様に
「ダメダメ!」
と首を横に振った。
 
「もういいよ。自転車押しながら学校行くよ」
 
携帯を見ると、すでにAM8:10をさす。このまま俺だけ自転車で行けばなんとか間に合うけど、いくちゃんは遅刻するだろう。
 
『じゃ二人乗りで行こうか?』
「でも自転車があるから・・」
『そこのコンビニに止めとけば?』
 
青い看板が高く空に伸びている大手コンビニがあった。
 
「そうだね。聡君、悪いけど大丈夫?」
『うん。俺は大丈夫だよ。』
「ありがとう!」
 
いくちゃんは店員にバレぬ様キョロキョロしながらコンビニに自転車を置き、笑顔でこちらに走って来た。

『でも、二人乗りとかバレると面倒くさいから海岸沿いでいい?』
 
高校生の面倒くさいはとても便利である。
具体的に何が面倒くさいとかではなく、その時のシチュエーションなどで意味が変わってくる不思議な言葉の一つである。
そして高校生に限らず大勢の日本人が口にする”大丈夫”はそれらの言葉の代表格であろう。しかしそれらの言葉は発する側と聞き取る側の意思疎通がなければ成立しない。
いくちゃんは首を傾げながら”面倒くさい?”と小さく呟き、俺の発した”面倒くさい”は誤って離してしまった風船の様に宙にフワフワと飛んで行った。
 
『まぁ海岸沿いを走りながらゆっくり行こうか?』
もうすでに時刻はAM8:20になってしまっていた。

「聡くんも遅刻になっちゃってごめんね!大丈夫?」
『大丈夫じゃない!って言っても、もう仕方ないじゃん!
俺ならたまに遅刻するし全然大丈夫だよ』
「じゃあ宜しくです。」
 
生ちゃんはスクールバックをリュックの様に肩に掛け荷台に乗った。
自転車のペダルは一人で漕ぐより重たかったけれど想像よりも軽く軽快に海沿いを走る。

『いくちゃんって結構重いね』
「そんな事を女の子に言うなんて、最低なんだよ」
いくちゃんは不服そうに俺の背中をたたいてくる。
『ごめん。うそ、うそ』
 
今日は例年より暖かく、春の風が僕の顔を撫で、彼女の髪をなびいた。
こんな状況になるとは露ほどにも思っていなかった俺は、心を躍らせながらペダルを漕いだ。
海は朝日に照らされ、キラキラと無造作に輝きを放っていた。
 
「昨日の英語のテストどうだった?」
 
俺の最後の記憶ではテストの途中であいつと入れ替わったはずだった。

『う~ん。全然分かんなかったよ・・急にテストになるんだもん。』
『村山ってたまにああいう事するよな』
「するする!なんか私達の驚いた顔見て、ニヤニヤ笑ってるよね!」
『そうそう!まぁ宿題のノート出せばテストの点数はいいって言うからまだいいけど』
「えーそうかなぁ・・そういえば聡くん途中からスラスラ書いてなかったっけ?」
 
英語の宿題をやったのはあいつだから、宿題の範囲から出題されたテストをあいつは解けたのだろう。

『う~ん・・まぁ一応宿題やったからね』

またいつもの嘘を付いたが、なぜか罪悪感がほんの少し顔を出した。

「そうなんだぁ~そういえば聡くんってAB型?」
『いやB型だけど・・なんで?』
「なんかたまに・・雰囲気が違う事があるというか」

煮え切らない言い方で、いくちゃんは誤魔化していた。
誤魔化していたというよりは、言い方や言い回しが分からないのだろう。
もっとも俺が二重人格者だとは思っていないだろう。

「二重人格・・」

いくちゃんが思わず口にした思いもよらないその言葉に、僕の心が一回大きく鼓動を打った。

「って訳じゃないけど、そんな感じがするからAB型かなぁ」

まだ心が動揺し、それに伴って額から汗が出て来た。何かしゃべろうとするけど、何も浮かばず視界が端から白くなって行き自転車がバランスを崩し左へ傾いた。

「わっ!」

いくちゃんの声が聞こえ慌てて左足に力を込めたが、ゆっくりと左へ倒れた。
幸い倒れた方は砂浜だった。
砂浜へ寝ころびまだ騒いでいる心を静かに落ち着かせていた。

どれくらいの時間が経ったか分からない。
ただ隣にはいくちゃんが、ハンカチを下に敷いてお行儀良く座っていた。

「大丈夫?」
『ごめん・・なんか体調悪くなって』
「ううん。私は大丈夫だよ。砂が付いちゃったけどさっき払ったし」
少し腕に付いている砂を叩きながらそういう。

いくちゃんは俺が倒れた理由を分からず、単なる体調不良に見えたみたいでホッとしたが、
醜態を見られてしまった事に俺はまた恥ずかしさと情けなさで胸が痛くなっていた。

『でもこうやって学校サボるの初めてだな』
「あれでもさっきさぁ」
『遅刻はあるけどサボりはないよ』
「あ~そっかそっか」

俺は体を起こし、生ちゃんと同じ海の方へと目を向けた。

『あのさ。急な話になるけど、妹、いじめに遭っているかもなんだよね』
なぜこの時みなみの事を話したのか分からない。
たぶん話すことがなかったからなのか、いくちゃんになら話してもいいと思ったのか曖昧な理由なのかもしれないが、それはあまりに必然的な言葉のように放たれた。

「みなみちゃんだっけ?妹さん」
『うん。良く覚えてるね』
「だって昨日みなみちゃんの話してたじゃん」
『あ~そうだね。どんな話だったっけ?』
「プリンが好きで、買いに行かなきゃって話」
あいつがいくちゃんや涼馬に話したのだろう。
「いじめってどんな感じなの?」
『う~ん直接聞いた訳じゃないんだよね。ただの勘なんだけど』
「さすが妹思いなんだね。」
『うんまぁ・・でも直接は聞けないし・・・だからってなにも出来ないのもなぁ』
「女子のグループっていじめっていうか急に無視したり、仲間外れにしたりする事あるんだよね」
『そうなの?』
「うん。みなみちゃんがどういういじめなのかは分からないけど・・女子にも色々あるのだよ」
『その・・いくちゃんとかも遭ったりした。』
いくちゃんの方を向いた。

彼女は真っすぐ海を見ていた。

『言いたくなかったら全然大丈夫だよ』
この”大丈夫”は否定的な意味で放った言葉だ。
彼女はチラッと俺の方を向き、僕の好きな笑顔になった後に、また真っすぐ海を見つめ「大丈夫。そんな重い話じゃないよ」
と肯定的な”大丈夫”を口にした。
「私にも妹がいてね。昔は仲が良かったんだけど急に話をしてくれなくなったの・・まぁ原因はなんとなく分かるんだけどね」
『原因?』
「妹って言っても二卵性双生児の双子で全然似てないんだけど・・昔から良く比べられてたの。たぶんそれが嫌で中学校に上がってすぐの時に一時的に学校に行かなくて・・・たぶんその時からだったかなぁ」

風が吹き髪が揺れても気にせず、美しい海を見つめていた。
女の子ではなく女性の顔で、俺は海を見つめている姿に見惚れてしまった。

いくちゃんはゆっくりと俺の方に顔を向け今度は女の子の笑顔で
「そんな深刻な事じゃないから大丈夫なんだけどね」
どの”大丈夫”にも当てはまらない言葉を口にした。
 
『そっかぁー昔みたいになれたらいいね』
「うん。ありがとう。みなみちゃんもいじめなくなるといいね。っていうかまだいじめられてるか分からないんでしょ」
彼女はそう言いながら立ち上がりスカートに着いた砂を取り払う。

『うん。まぁ日曜日に一緒に出掛けるからその時、元気に出来たらいいかな』
「仲が良い兄妹で羨ましいよ。聡くんみたいなお兄ちゃんなら大丈夫だよ」

俺も立ち上がり携帯の画面を見ると涼馬からLAINが来ていた。
”聡もいないし、いくちゃんもいないから寂しいよ”
文章の後にウサギが涙を流しているスタンプが写し出されていた。
『涼馬がうるさいから行こうか」』
「私にも来てたよ。なにこのスタンプ」
ふふっと笑う彼女はいつもの生田 美海に戻っていた。
「一緒に登校したらカップルって思われるかな」
生ちゃんが呟き、またまた胸が躍った。
俺の心はその辺の政治家や先生とか立派な大人とされる大人達より働き者なのかもしれない。

ヘッドフォンからは切り忘れた音楽が流れていた。
この曲は銀杏BOYSの『夢で逢えたら』だった。

~物語④へ~

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