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今こそ読みたい、闘いの魂

 これは、1944年にアメリカのブレトンウッズで開催された世界的な会議について綴られた記録である。こう言ってしまえば一言で終わってしまうのだが、本書はとても一言では片づけられない。500ページに及ぶ厚さ以上に、熱い人間描写や織りなすドラマに、文字通り、熱くなる。

 ブレトンウッズ会議は、マウント・ワシントン・ホテルという巨大なホテルに44ヶ国の代表団が集まり、三週間にわたって繰り広げられた国際会議だ。議題は、世界経済の新制度を確立すること。なんだかとても大きなことを言っている気がしたが、読者は冷静になって思い出してほしい。この時、第二次世界大戦真っ最中なのである。ナチス・ドイツによってイギリスに連日爆弾が投下されていた。太平洋では、劣勢が明らかになっていたものの、 日本軍がアメリカとの戦闘を続けており、世界はまさに激動の時代だった。そんな中で、各国の代表たちは、戦争後の世界について考えていたのだ。彼らにとっての戦いは、目の前の今を生きるためのものではなく、未来を生み出すための闘いと言えた。

 本書は、イギリスの代表ケインズと、アメリカの代表ホワイトという人物を中心に、二人の人生を描写しながら、ブレトンウッズ会議へ至るまでの道筋や、タイトル通りその「舞台裏」を詳しく述べている。堅く、難しい経済書、というわけではない。語弊があるかもしれないが、私には、小説のようであり、映画のようにも感じられた。ついにケインズとホワイトが出会う劇的な瞬間には、歴史が動き出すのを感じて興奮した。また、ホワイトがソ連のスパイではないかとの疑惑が持ち上がってFBIが登場したのには驚いた。まさに映画の世界ではないか。ほかにも時々挟まれる何気ない私生活の風景には人間らしさを感じた。当然のことながら、二人には代表する国の利益や、考え方の違いから、相容れない主張もあった。それでも目指す未来への道は同じ方向であったように感じる。

 また他の国の代表団においても、それぞれの立場や利権が絡み、会議は混沌と化していた。連日連夜、ホテルの至る所で繰り広げられた会議は、まさに狂想曲。異なる国の異なる思想の人々が一堂に参加しているため、予定通りに進まない。この状況は現代においても同じではないだろうか。

 今まさに、世界的に新型ウイルスという脅威にさらされ、先行きが見えない状態が続いている。各国が経済を保とうと、立て直そうと、必死になっている状況である。この本には、そんな今にも通じるエネルギーが内包されているように感じる。ブレトンウッズ会議の閉会時、ケインズは挨拶の中でこう述べている。

「われわれがこの限られた仕事で始めたことを、より大きな仕事においても続けていけるならば、世界に対して希望を持つことができるでしょう。~中略~われわれが協力を継続していくことができるならば、ここに出席しておられるほとんどの人たちが人生のあまりに多くを費やしてきた、この悪夢は終わるでしょう。人類の友愛は、言葉の上だけという世界は終わるでしょう」

 会議で構想されたブレトンウッズ体制は、その後、姿を変えた。しかしながらケインズが発した言葉、そしてブレトンウッズ会議そのものは、人間が希望を信じて未来を築こうとした、尊い魂の軌跡に他ならない。

『サミット』一九四四年ブレトンウッズ交渉の舞台裏
エド・コンウェイ著/小谷野俊夫訳(一灯舎)


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