見出し画像

ようこそ笑店街へ【26】読むもの

読むもの

 笑店街の外れに位置する図書館は、平日の昼間から多くの人が利用していた。近所に住む年配者は新聞を広げ、子供を連れた母親は絵本コーナーで読み聞かせをし、そして学生はレポートを書くなどして利用していた。
 そんななか、スーツ姿の若者が一人、何も置かれていない机の前で微動だにせず、ぼんやりと宙を見つめている。小一時間ほど経った頃、不審に思った司書が声をかけた。
「大丈夫? 具合でも悪いの? 何かお仕事? それとも学生さん?」
 若者は司書の方を向き、答えた。
「大学生です。読書しているだけですので気にしないでください」
 それを聞いて、司書はますます不安になった。
「読書って今……何か、読んでるの? あなた、もしかして就活中? ストレスとか抱えてない? 相談に乗るわよ」 
 司書の真剣な眼差しに、若者は首を傾げた。
「ストレスは特に。ただ社会に出たら読まなければ生き残れない空気というものを、今のうちから読んでおこうと思いまして」
 その言葉に司書はほっとしたように言った。
「それなら安心したわ。空気を読むなら、専用の部屋があるから案内するわよ」
「本当ですか? 気づきませんでした。やっぱり笑店街近くの図書館は設備が違いますね」
 司書が案内したのは、エレベーターだった。
「エレベーターなんてあったんですね。気づきませんでした」
「あらそう、じゃあ、ちょうどよかったわね、乗り遅れないで」
「ありがとうございます。あのこれ、どこを押せばいいんですか? 何階に行けば?」
 乗り込んだ若者は司書に訊いた。
「何階かって? それは難解ね。時代に乗り遅れないようにするのって、難しいんだから」
 そう言うと、司書は外側に設置された「閉める」ボタンを押した。

読んだ人が笑顔になれるような文章を書きたいと思います。福来る、笑う門になることを目指して。よかったら、SNSなどで拡散していただけると嬉しいです。