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「坊っちゃん文学賞」に落ちたショートショート。落選文学と名付けて発表!

世界で知らない人はいない気がする、モネ等印象派の画家たち。ご存知だろうか、実は彼ら、当時の画家の登竜門とでも呼ぶべき権威ある公式展覧会「サロン」への落選を繰り返していた。

どの画家もサロンへの入選を目指していた時代において、彼らは1874年、サロンに落選していた画家たち皆でグループ展を開催。のちに印象派展と呼ばれるようになったが、要は落選展である。別に拗ねているわけでも、開き直っているわけでもない。落選はしたものの、自分たちの作品を信じて愛していただけのことだ。それが、今の時代をつくった。素晴らしい。

世界の印象派に続け! というのはおこがましいが、私もこれまで色々落ちて、冬眠状態になってしまっている愛しい作品たちに日の目を見せようと思う。

さて「坊っちゃん文学賞」の募集が今年も始まった。4000字以内のショートショートである。昨年応募して、見事に玉砕。作家を目指そうという同志たちよ。全員ライバルだが、応援し合おうではありませんか。かの巨匠たちを真似っこして、「落選文学」なんちゃって。

やりがい専門店

 夏休み。家族で、歴史的な建物が多く残る観光地にやって来た。有名な城や日本最古といわれる温泉があること、数々の文学作品の舞台となったことなどで人気を集めている地域だ。あちこち巡って、いよいよ今日は最終日。

「疲れちゃった。カフェでも入ろうよ」
「おねえちゃんに賛成。ぼくもお腹すいた」
 姉弟の団結力を見たお父さんは、折り畳んでいた地図を取り出した。
「ちょっと待ってろ。今いるのがここだから……」
「お父さんたら、そういうのはネットで調べた方が早いって、来てから何回も言ってるのに」
 お母さんが笑いながら言った。
「旅先だからこそ紙の地図を見るのが楽しいんだって、何回も言ってるだろう」
 お父さんは地図を、新聞紙を広げたみたいな最大限の大きさで広げた。その瞬間、何かがお父さんの足元を駆け抜けていった。
「あっ」
 驚いたお父さんは、瞬時に一、二歩下がった。
 黒猫だった。その猫を見送った瞬間――
 どたんっ。
 何かが倒れたような音がして、音の方に目をやった。すると、ううう、という声とともに、ゆっくり立ち上がろうとする小さな女の子がいた。
 お母さんはすぐに駆け寄った。
「大丈夫? ひざ、血が出ちゃってる。お父さんかお母さんは近くにいる?」
 女の子は、顔を上げ、
「あっち、商店街に……」
 と言ってから、「近くなので大丈夫です」とつけ加えた。
「この辺に住んでるなら大丈夫ね。でも気になるから、ちょっと待ってて」
 そう女の子に言うと、お母さんはペットボトルを取り出し、中の水を女の子のひざにかけた。
「いいい」
 女の子の口から、悲鳴一歩手前のような声がもれた。見ているぼくも痛い気がしてしまう。お母さんは手早く水で洗うと、ハンカチで拭き、ポーチから絆創膏を取り出して、ぴたっと貼った。
「とりあえず、これでよし。帰ったら消毒しておいてね」
「あ、ありがとうございます」
 女の子は頭を下げた。
「お母さんのポーチって何でも入ってるんだね」
 お姉ちゃんの言葉に、お母さんは、ふふんと笑って、
「誰かさんがよく転んだりぶつかったり汚したりするからね」
 と言い、なぜかぼくの方を見た。
 女の子は元気を取り戻したのか、走って去って行った。
 年齢は、ぼくと同じ位か、下かな。小さくなっていく後ろ姿を見ながら思っていると、
「かわいい子だったね」
 と、お姉ちゃんが耳元でささやいて、にやっと笑った。

 その後、お母さんがインターネットを駆使。近くのカフェを見つけて無事に休憩できた。そろそろ出ようかという頃に、お父さんが、
「近くに大きい商店街があるみたいだから行ってみないか」
 地図の一点を指さして言った。
 商店街という言葉に、ふと先程出会った女の子を思い浮かべてしまった。
 そこでぼくたちは、ぶらぶらと行ってみることにした。商店街には、それほど歩くことなく到着した。

「へぇ、アーケードになってるんだぁ。ちょっとでも涼しくていいね」
 お母さんは日傘を畳んだ。
「かわいいお店ないかなぁ」
 来年から中学に入るお姉ちゃんは、最近、見た目から入る。
「地図に載らない隠れた名店、とかあったらいいな」
 お父さんは、地図にこだわっているのかいないのか。
 アーケードになっている商店街は、広い道の両側に、様々なお店が所狭しと並んでいた。観光客向けのお土産屋はもちろん、八百屋さんや肉屋さん、文房具などの店も当たり前のようにあった。

 きょろきょろ見回しながら歩いていると、突然、気になる文字を発見した。
「何か見つけたか?」
 目をこらしたら、お父さんに気づかれた。
「あの看板……やりがい専門店って。何の店だろう」
「やりがいかぁ。仕事を探している人が相談に行くところじゃないかな」
 話しながら歩いていると、いつの間にか、その店に着いていた。真っ先に目に入ったのは、表のショーウインドウに展示されている、一本の槍だった。
「お父さん、これ、槍……だよね?」
「槍だな」
 それは教科書でしか見たことのない、槍だった。立てかけて置かれており、壁には「価格はお問い合わせください」と書かれた紙が貼ってある。
「二人とも、何見てるの?」
 お母さんがお姉ちゃんと近づいてきた。
「ここ、槍を売っているらしいんだよ。やっぱり歴史のある街は土産物も本格的だなぁ」
 お父さんが感心したように頷くと、お母さんは、看板の文字を目で追って、軽く笑った。
「やりがい、って、槍を買う人、槍買いの専門というシャレね」
 お姉ちゃんも「シャレっていうか、ギャグでしょ」と冷めた声で言った。
 すると、突然ガララっと引き戸が開いた。
「いらっしゃいませ。よかったらどうぞ」
 作務衣を来たおじいさんが、にこにこと目を細めて出てきた。
「すみません、見ていただけですので」
 お母さんがすかさず断ったが、店の奥から、パタパタと足音が近づいてきた。
「あ、さっきのおばちゃん」
 そう言って出てきたのは、先程転んでいた、あの女の子だった。
「あなたたちが孫娘の出会ったご家族だったんですね。本当にありがとうございました」
 おじいさんが、これまでとは違う笑顔で頭を下げた。
 いえいえそんな、とお母さんは手をひらひらと顔の前で振った。
「よかったら、中でお茶でも。お客さんなんていませんから、ちょっと休んでいってください」
 おじいさんと女の子の誘いに乗って、店に入ることになった。

 店内には、たくさんのガラスケースが置かれ、長短様々な槍が展示されていた。
「槍を専門に売っているお店なんですか。もちろんレプリカですよね?」
 お父さんが、家族の誰もが聞きたかったことを一番に尋ねた。するとおじいさんは、少し胸を張って答えた。
「ええ、槍買いならここへ、皆さんがいらっしゃる専門店です。でもレプリカじゃありません。すべて本物です」
 その声に、お父さんとお母さんは顔を見合わせ、ぼくは女の子を見た。女の子はにこっと笑った。
「戦国時代の武器を売っているわけじゃありませんよ。言葉通りの槍です」
「どういう意味ですか?」
 思わず声に出してしまった。
「横槍を入れる、という言葉を知っていますか?」
 おじいさんはぼくに向かって言った。
「ええっと……」
 そんな言葉は習っていない。
「例えば二人で話している時に、別の誰かが文句を言って邪魔すること、と言ったらわかりやすいかな。それを、横槍を入れる、と言うんです」
 おじいさんは、ケースの前まで移動すると、
「これが、その横槍です」
 ケースの一番左端に置かれている槍を指さした。
「気が弱くて、会話に口を挟めず、言いたいことも言えないような方にお勧めしています。会話に加わりたい時や、嫌な人の長い話を途中で切り上げたい時に、ずばっとこの槍を入れれば、相手は横槍を入れられた形になり、話がぴたっと止まってしまうんです。でも多用しすぎると友達が減ってしまいますのでご注意を」
 みんな、どんな反応をしていいかわからなかった。
「その右隣にあるのが無理槍。自分の意見を無理に通したい時に忍ばせておくと効果的です。さらにその隣は、投げ槍。何もかも投げ出してしまいたい時に、そばに寄り添って気持ちを代弁してくれる槍です」
 おじいさんは嬉々として語った。
「全部ギャグだね」
 お姉ちゃんが、隣のぼくにだけ聞こえるような小声で言った。そうか、ぼくたち観光客に笑ってもらえるようにわざと言っているのか。それなら納得。
「あ、お菓子持ってこなきゃ」
 突然、女の子がそう言って駆け出しそうとした。が、何かがスカートのあたりから、ぽとんと落ちた。それを見逃さなかったおじいさんが、すぐに女の子を引き留めて言う。
「今落としたこれ、どうしたんだ?」
 目をかっと見開いたおじいさんが手にしていたのは、手のひらサイズの槍に見えた。
「さっき帰ってきたら、なぜかポケットに入っていたの。見せようと思って忘れてた」
「じゃあ、このご家族と出会った後か。なるほど」
 そう言って槍を見つめたおじいさんは、今まで見せたどの笑顔よりもやわらかく笑うと
「これは、おもいやり、なんです」
 と言って、説明してくれた。
「思い槍は、誰かに優しくしたり、されたりすると生まれることがあるんです。毎回ではありません。しかも残念なことに、最近は見る機会が減ってしまった。思い槍は、ほら、見てください。この先端、穂先部分がやわらかくできているので、触っても痛くない。つまり、誰も傷つけない槍なんです」
 ぼくたちは、きっと、不思議なものを見ているような顔で見ていたと思う。
「たまにこういう、いい槍に出会えるから、この仕事、やりがい、があるんですよ、なんてね」

「結局どこまでが本当だったのかな」
 その夜、旅館に戻ってからお姉ちゃんが口を開いた。
「途中までは、本気で冗談言ってるって思ってたんだけど……」
 お母さんはお茶を入れながら、ふうと息をついた。
 お父さんも「そうだなぁ」と言いながら笑った。
「楽しかったね」
 誰からともなく、そんな言葉が出た。そこで突然、思い出した。
「名前、聞き忘れたっ」
 うっかり声に出してしまった。すると案の定、お姉ちゃんが
「かわいい子だったのに」
 ニヤニヤ笑って言った。
「お父さん、地図にお店の電話番号載ってる?」
「お前、店に電話して女の子の名前を聞くのか? それより明日帰る前にもう一度お店に寄って挨拶していけばいいだろう」
「お店、なかったりして。全部が夢で」
 お母さんもニヤリと笑う。
「もういいよ、みんな勝手に言ってぇ」
「ごめんごめん。投げやりにならないで。なんちゃって。というのは冗談だけど、明日じゃなくても、今度行ったらいいじゃない。今回の旅行で行けなかったところもまだたくさんあるし。また家族で来ようよ」
 お母さんが言うと、みんなで頷いた。
「その時、忘れずに持たなくちゃね」
「何を?」
 ぼくとお姉ちゃんは顔を見合わせた。お母さんは、ウインクして言った。
「決まってるでしょう、おもいやり、よ」


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