見出し画像

【小説】傘と共に去りぬ 第2話 星の埃被り【毎月20日更新】

第1話はこちらから▼

「ふわぁ〜、ねむ……」

 夜中までテスト勉強をしているせいかここ最近ずっと寝不足だ。電車の窓に差し込む朝の日差しが一際眩しく感じ、いつも以上に目を細めると口から欠伸が漏れ出る。

「ん?」

 眠い目を頑張って開けて電車内を見回していると、壁側にもたれかかるそれを見つけた。こんな気持ちの良い天気とは裏腹な道具は端っこで控えめに立て掛けられている。
 僕はなんだか見覚えがある気がして、誰も見向きもしないそれを手に取った。

3月/倉持健志

「ねー、健ちゃん先輩。ずっと思ってたんすけどコレなんでここにあるんす?」

 美術部員が僕らしかいない中、後輩である出雲が部屋の隅に立てられた物を指差しながら僕に問いかけた。

「え? あー! すっかり忘れてた!」

 後輩の言葉に僕は今になってその存在のことを思い出して叫んでしまった。急に大声を出した僕のことを出雲がぽかんと見つめている。

「健ちゃん先輩、ちょっとぬけてるからねー」

 たまたま電車で見つけた傘が部員の誰かが持っていた物に似ていると思った僕は、それを預かりここに置いたはいいものの、期末テストだなんだで忘れてしまい数週間ほったらかしてしまった。

「電車で見かけたんだけどさ、これ誰か持ってなかったか?」
「んー、確かに言われてみれば……」

 取っ手につけられた星形のチャームがチャリチャリと揺れる。どこにでもある普通のビニール傘に特徴的なチャーム、普遍の中できらりと光る個性のようだった。
 だが、そうは言っても僕らが部室として使っている第二美術室の中、制作途中のキャンバスや石膏像が並ぶ横に佇む傘は異質すぎている。それなのに僕は忘れてしまっていた。

「やっぱり素直に駅員さんに届ければよかったかな」
「あ! むつくん! むつくんのだ!」

 僕の呟きと被さるように出雲の興奮した声が響いた。『むつくん』は別の美術部員だ。でもまだここにはいない。

「あ、そうだ。睦くんの傘だ」
「呼びました〜?」

 扉からひょっこりと顔を出して首を傾げているのは話題の睦くんだった。噂をすればなんとやらというやつだ。

「むっつくーん! これむつくんの傘だよね!」
「うーん? 違うよ〜?」
「え、違うのか?」

 傘をまじまじ見つめた睦くんは揺れるチャームを指差しながら答えた。

「うん。俺のとよく似てるけど違う〜。これは星の形だけど、俺のは流れ星の形〜」
「なんだー。むつくんのじゃないのか」
「それに俺はちゃんと傘立てに置くよ〜」

 それもそうか、と僕は納得してしまった。そんな様子をニコニコ見ていた睦くんと出雲が口々に言った。

「今日も健志先輩ぽやぽやだね〜」
「健ちゃん先輩って感じだな!」
「もー、先輩をからかうな」

 僕は目の前の傘を見つめた。まさか知らない人のを持ってきてしまい、さらには数週間も放置してしまった。きっと持ち主はとても困っているだろう。どうしたものか。

「健ちゃん先輩考えこんじゃったよ」
「ありゃ〜。でもこのチャームきっとオーダーメイドだよ〜。俺のチャーム作った場所一緒かも〜」
「そうなのか! ならそこをあたれば……」
「ん〜、すごい時間かかるよ〜」
「だよなー」

 二人もうーんと唸りながら考え込んでしまった。ふと傘の入っている筒が気になってよく観察してみる。この筒はきっと画用紙などを入れるためのだろう。同じようなものが美術室のどこかにもあったはず。この傘の持ち主は同じ美術をする人間なのかもしれない。
 なんてことを考えていると、急に出雲が声を上げた。隣の睦くんがビクッと肩を震わした。

「あ! 健ちゃん先輩! ここ!」

 出雲がある部分を指差している。睦くんと僕は覗き込むようにして見つめた。

「もち、だ? これ名前だ〜」
「持田……! もしかしたら知り合いかもしれない! よくやった出雲!」
「いずくんえらい〜」
「へっへー、もっと褒めて」

 僕と睦くんの二人でわしゃわしゃと出雲の頭を撫で繰り回すと嬉しそうに口角を上げている。そんな様子をいつの間にか来ていた部員が遠巻きに見ていた。

「相変わらずそこの三人は仲良しだねぇ」
「仲良しー」
「いえ〜い」

 二人は両手でピースを作って高く突き上げている。他の部員は笑いながら各々今日やる作業に必要な道具を準備していく。
 それぞれが作業を始めようとしてる中、僕は携帯を取り出すとある人物に連絡を取った。


 ***

 数日後、僕は筒に入った傘を持って電車の中にいた。筒に書かれていた名前は持田一花の妹の名前で、僕は二人のことを知っていた。一花とは小、中学校と一緒で、高校は別になってしまったけれど、たまに話をするような仲なのだ。一花の妹はどうやら美術部に入ったらしく、たまに絵についての話をしたり相談に乗っていた。
 ポケットに入れた携帯が震え、出してみると一花からメッセージが来ていた。

『ごめん。ちょっと遅れる!』

 ぺこりと頭を下げているスタンプも付いてくる。僕は『大丈夫だよ』というメッセージと、その後にオッケーポーズをしているスタンプを付けた。
 集合場所にした駅に到着し、僕はしっかりと筒と傘を手に持ち電車を降りた。どこか目印になるような場所を探して辺りを見渡していると、僕の後方がやけに騒がしかった。遠くで誰かが叫んでいる。
 僕は振り返って何事かと確認しようとした。けれど、目の前が黒く染まり、強い衝撃が伝わって思わず尻餅をついてしまう。

「いてて……」

 顔を上げると遠くに黒いジャンパーで黒のズボンを履いている黒ずくめの人影が遠ざかっていくのが見えた。そこでやっと人とぶつかってしまったことを理解した。衝撃でばら撒いてしまった鞄などを集めていると違和感があり、僕は動きを止めた。

「あれ?」

 鞄と携帯、それから筒。全部あるけど足りない。筒の中がもぬけの殻、辺りを見渡しても落ちてはいない。僕は先程の映像を巻き戻すように思い出す。落ち着け、落ち着け、と言い聞かせながら思い出していく。
 ぶつかって、尻餅をついた。そして前を向いた。遠ざかる人影、その手の中には、棒状の何か。揺れる星形のチャーム。

「か、傘泥棒!」

 追いかけるべきか、それとも先に連絡をするか、僕は少しだけ迷ってしまった。でももう今更、ここから走ってもきっと追いつけない。焦る手で携帯のトーク画面を開いてメッセージを送ろうとした。

「健志ー! おーい!」

 背後で声がした。僕は深呼吸を一つするとゆっくり、ゆっくり、ぎこちなく振り返ることしかできなかった。

(つづく)

第ニ話担当 白樺桜樹

次回の更新は4月20日です!

「記事を保存」を押していただくと、より続きが楽しめます!
ぜひよろしくお願いします!

第3話はこちら▼

過去のリレー小説
▼2022年「そして誰もいなくならなかった」

▼2021年「すべてがIMOになる」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?